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【完全解説】犯罪と精神鑑定|責任能力の有無が刑罰を左右する!心神喪失と心神耗弱の違いから鑑定の流れ、費用まで徹底解説

裁判所
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はじめに

ニュースで衝撃的な事件が報道されるたび、私たちは「なぜ、こんな悲劇が起きてしまったのか」という問いに直面します。そして、その後の報道で「精神鑑定」という言葉を耳にすることが少なくありません。

「容疑者は精神鑑定を受ける予定です」
「鑑定の結果、責任能力がなかったと判断され、無罪になりました」

このような報道に、「罪を犯したのに罰せられないのはおかしい」「精神障害があれば何をしても許されるのか」といった疑問や憤りを感じたことがある人もいるでしょう。

しかし、「精神鑑定」が具体的にどのような手続きで、何を目的として行われ、その結果が裁判でどのように扱われるのかを正確に理解している人は多くないかもしれません。

精神鑑定は、単に容疑者を罰しないための「免罪符」ではありません。それは、近代刑法の大原則である「責任なければ刑罰なし」という理念に基づき、個人の状態に合わせた適切な処遇を決定するための、極めて重要で繊細なプロセスなのです。

この記事では、「犯罪と精神鑑定」という複雑で多角的なテーマについて、網羅的かつ分かりやすく解説していきます。

この記事を最後までお読みいただくことで、犯罪報道の裏側にある法と医学のせめぎ合いを深く理解し、より多角的な視点から事件を見つめ直すことができるようになるはずです。

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第1章:精神鑑定の根幹をなす「責任能力」とは?

なぜ、犯罪行為を行った人物に対して精神鑑定が行われるのでしょうか。その答えは、刑法の基本原則である「責任能力」の考え方にあります。

不安な男性

1-1. 責任なければ刑罰なし

近代刑法には、「責任なければ刑罰なし」という大原則があります。これは、ある行為が犯罪として成立するためには、その行為が違法であるだけでなく、行為者自身がその行為に対する非難を受けられる状態でなければならない、という考え方です。

例えば、6歳の幼児がライターで火遊びをして家を全焼させてしまった場合、その行為は客観的には放火にあたります。[1] しかし、私たちはこの幼児を「悪人」として非難し、刑務所に入れるべきだとは考えないでしょう。なぜなら、幼児には自分の行為がどれほど重大な結果を招くかを理解し、その行為を思いとどまる能力が備わっていないからです。

このように、ある行為を非難し、刑罰を科すためには、行為者にその前提となる「責任能力」が備わっている必要があるのです。

1-2. 責任能力を構成する2つの要素

では、具体的に「責任能力」とはどのような能力を指すのでしょうか。法律上、責任能力は主に2つの要素から構成されると考えられています。

  1. 事理弁識能力(ちりべんしきのうりょく)
    • 物事の善悪を判断し、自分の行為が法的に許されないことであると理解する能力のことです。[2][3] 簡単に言えば、「良いことと悪いことの区別がつく能力」です。
  2. 行動制御能力(こうどうせいぎょのうりょく)
    • 事理弁識能力に基づいて、自分の行動をコントロールする能力のことです。[2][3] たとえ「これは悪いことだ」と分かっていても、その行動を思いとどまることができなければ、この能力が欠けている、あるいは低下していると評価されることがあります。

これら2つの能力が、精神の障害によってどの程度損なわれていたかを医学的に判断するのが、精神鑑定の重要な役割です。

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第2章:「心神喪失」と「心神耗弱」―運命を分ける2つの状態

精神鑑定の結果、責任能力が完全ではなかったと判断される場合、法律上は主に「心神喪失(しんしんそうしつ)」と「心神耗弱(しんしんこうじゃく)」という2つの状態に分けられます。この2つの違いは、その後の刑事手続きに決定的な影響を与えます。

心神耗弱の男性

2-1. 心神喪失とは? ― 責任能力が全くない状態

刑法第39条1項は、「心神喪失者の行為は、罰しない」と定めています。[4]

心神喪失とは、精神の障害により、事理弁識能力か行動制御能力のいずれかが完全に失われている状態を指します。[2][5][6]

  • 具体例:
    • 重度の統合失調症による幻覚や妄想に完全に支配され、現実認識が全くできていない。
    • 目の前の相手を人間ではなく、自分を攻撃してくる悪魔だと固く信じ込み、その「悪魔」を排除するために行動してしまった。

このような状態では、行為者は善悪の判断がつかず、自分の行動をコントロールすることもできません。そのため、法的な非難の対象とならず、責任は問えない(責任無能力)と判断されます。[2]

その結果、たとえ殺人などの重大な犯罪を犯したとしても、刑事裁判では無罪の判決が下されることになります。

2-2. 心神耗弱とは? ― 責任能力が著しく低い状態

一方、刑法第39条2項は、「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」と定めています。[4][7]

心神耗弱とは、精神の障害により、事理弁識能力か行動制御能力が著しく減退・制限されている状態を指します。[5][6][7] 「全くない」わけではないものの、「著しく低い」という点が心神喪失との大きな違いです。

  • 具体例:
    • 妄想の影響が強くあるものの、自分の行為が「人を傷つける悪いことだ」という認識が完全には失われていない。
    • 強い強迫観念にかられてはいるが、それに抵抗しようとする気持ちも部分的には残っている。

心神耗弱の場合、責任能力が全くないわけではないため、犯罪は成立します。しかし、その責任を完全に問うことは酷であると考えられるため、法律によって必ず刑が減軽されます(必要的減軽)。[6][7] これを限定責任能力と呼びます。[8]

2-3. 判断の対象となる精神障害

心神喪失や心神耗弱と判断される可能性のある精神障害には、以下のようなものが挙げられます。[6]

  • 統合失調症、妄想性障害
  • そううつ病(双極性障害)、うつ病
  • 覚せい剤など薬物による精神障害
  • 知的障害
  • 発達障害
  • パーソナリティ障害
  • アルコールによる酩酊(単純な酔っ払いではなく、異常酩酊など重篤な場合)
  • 認知症[5][7]

ただし、重要なのは、特定の病名が診断されれば、即座に心神喪失や心神耗弱になるわけではないという点です。[9] あくまで、その精神障害が、犯行当時に、事理弁識能力や行動制御能力にどの程度の影響を与えていたのか、という点が個別に判断されます。[8]

第3章:精神鑑定の具体的な流れと種類

精神鑑定は、刑事手続きのどの段階で行われるかによって、いくつかの種類に分けられます。ここでは、その具体的な流れと種類について見ていきましょう。

心理検査の様子

3-1. 捜査段階で行われる鑑定(起訴前鑑定)

被疑者が逮捕され、起訴される前の捜査段階で行われる精神鑑定を「起訴前鑑定」と呼びます。これは主に、検察官が被疑者を起訴するか、それとも不起訴にするかを判断するための材料として実施されます。[10][11] 起訴前鑑定には、大きく分けて「簡易鑑定」と「起訴前本鑑定」の2種類があります。

  • 目的: 検察官が起訴・不起訴を判断するために、迅速に精神状態を把握することを目的とします。[6]
  • 内容: 被疑者の身柄が拘束されている勾留期間中に行われます。[6] 精神科医が警察署や拘置所に出向き、1回あたり30分~2時間程度の面接を行うのが一般的です。[12][13] 医学検査や心理検査などは通常省略されます。[13]
  • 特徴: 殺人などの重大事件よりも、万引きや住居侵入といった比較的軽微な犯罪で、被疑者の言動に不審な点がある場合などによく利用されます。[12] 東京地検では、検察官1人あたり月に数件程度行われることもあるようです。[12]
  • 目的: 簡易鑑定よりも、さらに詳細で精密な鑑定が必要と判断された場合に行われます。特に殺人や放火などの重大事件で実施されることが多いです。[8][14]
  • 内容: 検察官が裁判所に請求し、裁判官が許可すると「鑑定留置状」が発付されます。[14] これにより、被疑者の身柄は拘置所や精神科病院に移され、2~3ヶ月程度の期間をかけて、精神科医による継続的な診察や検査が行われます。[8][14] この期間中、通常の勾留は一時停止されます。[12]
    • 行われることの例:
      • 複数回にわたる医師との面接
      • 心理テスト(ロールシャッハ・テスト、WAIS知能検査など)
      • 脳波検査、MRIなどの画像検査
      • 家族や関係者からの聞き取り
  • 特徴: 長期間にわたり専門的な環境で観察を行うため、より信頼性の高い鑑定結果が期待できます。ニュースで報道される「精神鑑定」は、この鑑定留置を伴う本鑑定を指していることがほとんどです。[8]

3-2. 公判段階で行われる鑑定(起訴後鑑定)

被疑者が起訴され、刑事裁判が始まってから行われる鑑定もあります。

  • 目的: 起訴された後、被告人や弁護人が責任能力について争う場合などに、裁判官の判断で実施されます。[2][10] 起訴前鑑定の結果に疑問がある場合や、そもそも起訴前鑑定が行われなかった場合などに行われます。
  • 内容: 鑑定の内容は起訴前本鑑定と同様に、数ヶ月かけて詳細に行われることが多いです。裁判所が鑑定人の名簿から医師を選任します。[2]
  • 特徴: 裁判官が判決を下すための最終的な判断材料として、極めて重要な役割を果たします。
  • 目的: 弁護人が、検察官側の鑑定結果に対抗するために、独自に精神科医に依頼して行う鑑定です。
  • 内容: 弁護人が集めた資料や、被告人との面会をもとに鑑定意見書を作成してもらいます。
  • 特徴: あくまで弁護側の証拠の一つであり、裁判所や検察官が依頼する鑑定とは立場が異なりますが、裁判官の心証に影響を与える可能性はあります。

第4章:誰が、何を、どう判断するのか? ― 鑑定のプロセスと担い手

精神鑑定は、医学的な専門知識と法的な評価が交差する複雑な作業です。ここでは、誰が鑑定を行い、どのような点に着目して判断が下されるのかを掘り下げていきます。

病院の診察室

4-1. 鑑定を行うのは「精神科医」

精神鑑定を実際に行うのは、精神医学の専門家である精神科医です。[4] 裁判所や検察庁から嘱託(依頼)を受けて、鑑定人に指定されます。[11][15] 近年では、精神鑑定の質の向上を目指し、日本司法精神医学会が認定する「学会認定精神鑑定医」という制度も設けられています。[16]

鑑定医は、面接や各種検査を通じて得られた医学的情報と、捜査資料(供述調書、実況見分調書など)を総合的に分析し、以下のような点について意見をまとめた精神鑑定書を作成します。[6][11]

  • 被疑者(被告人)の精神状態(診断名など)
  • 犯行に至るまでの経緯と精神状態の関連
  • 犯行当時の責任能力(事理弁識能力・行動制御能力)の程度

4-2. 判断の2つの側面:生物学的要素と心理学的要素

鑑定医が責任能力の程度を判断する際には、大きく分けて2つの側面から検討します。[5]

  1. 生物学的要素:精神の障害の有無・種類・程度
    • これは、統合失調症やうつ病といった診断名や、その症状がどの程度重いか、といった医学的な評価です。
  2. 心理学的要素:精神障害が犯行に与えた影響
    • これが最も重要かつ困難な部分です。診断された精神障害が、犯行当時の事理弁識能力や行動制御能力に、具体的にどのような影響を与えたのかを分析します。[6]
    • 例えば、同じ統合失調症でも、その妄想が犯行の直接的な動機(例:「電波で攻撃してくるAさんを殺さなければならない」)になっているのか、それとも犯行とは直接関係なく、単にいらいらしていた原因の一つに過ぎないのか、といった点を詳細に検討します。[15]

犯行の計画性、動機の了解可能性、犯行前後の行動、証拠隠滅工作の有無なども、この心理学的要素を判断するための重要な材料となります。[6]

4-3. 最終判断を下すのは「裁判官」

ここで非常に重要な点は、精神鑑定の結果は、あくまで専門家としての意見であり、裁判所を法的に拘束するものではないということです。[9] 鑑定書に「心神喪失の状態にあった」と書かれていても、裁判所がそれを採用しないこともあり得ます。[10]

最終的に、鑑定書を含むすべての証拠を総合的に評価し、被告人が心神喪失だったのか、心神耗弱だったのか、あるいは完全な責任能力があったのかを法的に判断するのは、裁判官(裁判員裁判では裁判員も含む)の役割です。[6][10][14]

しかし、裁判官は医学の専門家ではないため、鑑定人の能力や公正さに疑義があるなどの合理的な事情がない限り、専門家である鑑定医の意見は十分に尊重されるのが実情です。[6][17]

第5章:精神鑑定にかかる費用と期間

精神鑑定、特に鑑定留置を伴う本鑑定には、相応の期間と費用がかかります。

5-1. 鑑定期間

  • 簡易鑑定: 1日(数時間)で終わります。[13]
  • 本鑑定(鑑定留置): 前述の通り、通常2~3ヶ月を要します。[8][14] 重大で複雑な事件では、半年以上に及ぶこともあります。

5-2. 鑑定費用

精神鑑定の費用は、事案の複雑さや鑑定医によって異なりますが、一般的には数十万円単位になることが多いようです。

  • 家庭裁判所の成年後見制度における鑑定費用の例を見ると、多くは5万円から10万円程度とされていますが、これはあくまで参考です。[18]
  • 刑事事件における本鑑定は、より複雑で長期間にわたるため、これより高額になると考えられます。鑑定料は公費(税金)で賄われます。

第6章:精神鑑定が抱える課題と問題点

ここまで精神鑑定の重要性について解説してきましたが、その運用にはいくつかの課題や問題点も指摘されています。

男性カウンセラー

6-1. 鑑定医の質のばらつきと人材不足

精神鑑定は非常に高度な専門知識と経験を要しますが、鑑定を行う精神科医の能力や経験には、どうしても差が生じてしまうのが実情です。[19] 不適切な鑑定が行われれば、裁判の結果を大きく左右しかねません。また、そもそも専門的な知識を持つ鑑定医の数が十分ではないという問題も指摘されています。

6-2. 鑑定資料の限界

鑑定医は、捜査資料や本人との面接をもとに判断を下しますが、得られる情報には限界があります。特に、事件から時間が経過していると、犯行当時の正確な精神状態を再現することは極めて困難です。また、被疑者の幼少期からの客観的な資料(通知表など)が不足している場合、発達障害などの判断が難しくなるケースもあります。[19]

6-3. 詐病(さびょう)の可能性

被告人が刑を軽くするために、意図的に精神障害のふりをする「詐病」の可能性も常に考慮しなければなりません。もちろん、鑑定医は問診や心理テストなどを通じて、詐病を見抜くための訓練を積んでいますが、100%見抜けるという保証はありません。[20] しかし、専門家は多角的な検査や周辺情報から総合的に判断するため、素人が考えつくような単純な嘘は通用しないと考えてよいでしょう。[20]

6-4. 「法的判断」と「医学的診断」の乖離

前述の通り、責任能力の有無は最終的には法的な判断です。そのため、医学的には重い精神障害と診断されても、犯行態様などから「計画性がある」と見なされ、完全責任能力が認定されるケースもあります。この「医学」と「司法」の判断基準の違いが、時に議論を呼ぶことがあります。

第7章:鑑定後、彼らはどこへ行くのか? ― 医療観察制度

「心神喪失で無罪になった加害者は、そのまま社会に野放しにされるのか?」
これは多くの人が抱く素朴な疑問であり、不安でもあるでしょう。

この問題に対応するために作られたのが「医療観察制度(心神喪失者等医療観察法)」です。

7-1. 医療観察制度の目的

医療観察制度は、心神喪失または心神耗弱を理由に、不起訴処分となったり、無罪または執行猶予付きの判決を受けたりした人が、再び同様の事件を起こすことを防ぎ、社会復帰を促進することを目的としています。[21]

対象となるのは、殺人、放火、強盗、強制性交等、強制わいせつ、傷害といった重大な他害行為を行った人です。[21]

7-2. 制度の流れ

  1. 検察官による申し立て: 対象となる人が不起訴や無罪になった場合、検察官は裁判所に対して医療観察制度による処遇を求める申し立てを行います。[21]
  2. 裁判官と精神保健審判員による審判: 裁判は、裁判官1名と、精神保健の専門家である「精神保健審判員(精神科医)」1名からなる合議体で行われます。
  3. 処遇の決定: 審判の結果、専門的な医療を受けさせる必要があると判断されると、裁判所は「入院決定」または「通院決定」を下します。
    • 入院決定: 指定された専門の医療機関に原則として入院し、手厚い医療を受けることになります。退院には裁判所の許可が必要です。
    • 通院決定: 原則3年間、地域の専門医療機関への通院が義務付けられます。保護観察所が生活状況を見守り、サポートします。

このように、心神喪失で無罪になったとしても、ただちに社会に復帰するわけではなく、専門的な医療と社会復帰支援の枠組みの中で、再犯防止と治療が図られる仕組みになっているのです。

精神科病棟

まとめ

「犯罪と精神鑑定」は、法と医学、そして人の心という、非常にデリケートな要素が絡み合う複雑なテーマです。

精神鑑定は、犯罪者を安易に免罪するための制度ではありません。それは、「責任能力のない者を罰することはできない」という近代刑法の理念を守り、同時に、精神障害を抱える触法者が適切な医療につながり、社会復帰するための道筋をつけるという、二つの重要な役割を担っています。

心神喪失と心神耗弱の違い、簡易鑑定から鑑定留置に至るまでの流れ、そして鑑定後の医療観察制度。これらの知識は、私たちが日々のニュースに触れる際、より深く、そして冷静に物事を考えるための助けとなるはずです。

感情的な非難に終始するのではなく、なぜ精神鑑定という制度が必要とされ、どのように運用され、どのような課題を抱えているのかを理解すること。それこそが、より安全で、かつ公正な社会を築くための第一歩となるのではないでしょうか。

【参考ウェブサイト】

  1. nakayamashoten.jp
  2. wellness-keijibengo.com
  3. vict-keiji.com
  4. sirius-law.com
  5. imidas.jp
  6. vbest.jp
  7. kyoto-keijibengosi.com
  8. keiji-kaiketsu.com
  9. wikipedia.org
  10. keiji-pro.com
  11. wellness-keijibengo.com
  12. wellness-keijibengo.com
  13. jmedj.co.jp
  14. vbest.jp
  15. jspn.or.jp
  16. jsfmh.org
  17. jspn.or.jp
  18. courts.go.jp
  19. sirius-law.com
  20. meiji.net
  21. otonanswer.jp

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