
【はじめに】「食べること」に苦しむあなたへ。この記事は、あなたのための道しるべです。
「食べることが怖い」
「体重計の数字がすべてを決める」
「お腹がいっぱいなのに、食べるのをやめられない」
「食べた後の罪悪感で、自分を罰してしまう」
もしあなたが今、このような苦しみを一人で抱えているのなら、この記事はあなたのためにあります。
摂食障害は、単なる「わがまま」や「ダイエットの失敗」ではありません。それは、心と体が発している必死のSOSであり、専門的なサポートを必要とする精神疾患の一つです。
しかし、日本ではまだ摂食障害への誤解や偏見が根強く、多くの人が誰にも相談できずに孤立しています。周りの人からは「痩せてて羨ましい」と言われ、本当の苦しみを理解してもらえない。家族に心配をかけたくなくて、平気なふりを続けてしまう。そんな経験に、心当たりはありませんか?
この記事の目的は、摂食障害に関する正確で網羅的な情報を提供し、あなたが回復への道を歩き出すための具体的な道しるべとなることです。
この記事を読み終える頃には、あなたは摂食障害を正しく理解し、自分や大切な人を守るための知識と、次の一歩を踏み出す勇気を得ているはずです。
どうか、一人で悩み続けないでください。回復への道は、必ずあります。その第一歩を、ここから一緒に踏み出しましょう。
【重要】この記事は情報提供を目的としており、医学的アドバイスに代わるものではありません。心身に不調を感じる場合は、必ず専門の医療機関を受診してください。
第1章:摂食障害とは?- その深刻さと基本的な理解
まず、摂食障害がどのような病気であるかを正しく理解することが、回復へのスタートラインです。誤解されがちなこの病気の本質に迫ります。
1-1. 摂食障害の定義と現状
摂食障害とは、食事の摂り方や、食に対する考え方、体重や体型に対する過度なこだわりなどによって、心身の両面に深刻な影響が及ぶ精神疾患の総称です。厚生労働省のe-ヘルスネットでは、「体重や体型へのこだわり、食行動の異常」が特徴とされています。
この病気の最も恐ろしい点は、死亡率が他の精神疾患に比べて著しく高いことです。特に、神経性やせ症(拒食症)は、低栄養による身体的合併症や、精神的な苦痛から自ら命を絶ってしまうケースも少なくありません。
日本の現状:
明確な全国調査は難しいものの、専門家の間では、摂食障害の患者数は増加傾向にあると見られています。特に10代〜20代の若年層に多く見られますが、近年では小学生の低年齢化や、30代以降、さらには男性の患者も増えており、もはや特定の層だけの問題ではなくなっています。
SNSの普及による「痩せ礼賛」の風潮や、社会的なストレスの増大が、その背景にあると指摘されています。
1-2. これは病気?- セルフチェックリスト
「もしかして自分も…?」と感じたら、まずは客観的に自分の状態を見つめてみましょう。以下の項目に多く当てはまる場合、専門家への相談を検討することをお勧めします。
【食行動・体重に関するチェックリスト】
□ 体重が標準体重を大幅に下回っている、または急激に減少した
□ 体重が増えることに対して、極度の恐怖を感じる
□ 食べ物のカロリーを常に計算してしまう
□ 「低カロリーなもの」しか食べられない、または食べられるものが極端に少ない
□ 自分がどれだけ痩せていても、「まだ太っている」と感じる(ボディイメージの歪み)
□ 大量の食べ物を、自分ではコントロールできずに一気に食べてしまうことがある(過食)
□ 過食の後、体重増加を防ぐために自分で吐いたり、下剤や利尿剤を使ったりする
□ 食べ物を噛んでは飲み込まずに吐き出す「チューイング」という行為をする
□ 人と一緒に食事をするのが苦痛で、避けてしまう
□ 食事のことで頭がいっぱいで、他のことが手につかない
【心と体に関するチェックリスト】
□ 気分の浮き沈みが激しく、イライラしたり落ち込んだりしやすい
□ 常に疲労感やだるさがある
□ 集中力がなく、物事を決められない
□ 月経が止まっている、または不順である(女性の場合)
□ 寒がりになった、手足が冷たい
□ 髪の毛が抜ける、肌が乾燥する、体に産毛が生えてきた
□ めまいや立ちくらみがする
□ 自分のやっていることは「おかしい」と分かっているのに、やめられない
□ 誰にもこの苦しみを理解してもらえないと感じ、孤立感を深めている
このチェックリストは診断に代わるものではありませんが、あなた自身の「気づき」のきっかけとなれば幸いです。大切なのは、「自分の力だけで何とかしよう」と無理をしないことです。

第2章:あなたはどのタイプ?摂食障害の主な種類と症状
摂食障害は、いくつかのタイプに分類されます。代表的な「神経性やせ症」「神経性過食症」「過食性障害」について、その特徴と心身に現れる具体的な症状を詳しく見ていきましょう。
2-1. 神経性やせ症(拒食症 / Anorexia Nervosa)
一般的に「拒食症」として知られるタイプです。食事を極端に制限し、著しい低体重であるにもかかわらず、本人は体重増加を極度に恐れ、自分は太っていると思い込んでいます。
- 診断基準のポイント(DSM-5より要約)
- 年齢や身長に対して、著しい低体重であること。
- 低体重であるにもかかわらず、体重が増えることへの強い恐怖があること。
- 自分の体重や体型についての認識が歪んでいること(ボディイメージの歪み)。
- 主な症状と行動
- 食事制限型: 純粋に食事の量を減らす、特定の食品しか食べないなど、ストイックに制限するタイプ。
- 過食・排出型: 食事制限を基本としながらも、時折、むちゃ食い(過食)とその後の排出行為(自己誘発性嘔吐や下剤乱用など)を伴うタイプ。
- 行動の特徴: 食べ物を細かく刻む、食事に非常に時間をかける、家族に隠れて食べ物を捨てる、過剰な運動を自分に課すなど。
- 心身への深刻な影響
- 身体的影響: 低栄養状態が続くことで、命に関わる合併症を引き起こします。
- 心臓: 徐脈(脈が遅くなる)、不整脈、低血圧。突然死のリスクも。
- 内分泌系: 無月経、低体温、成長障害。
- 骨: 骨密度の低下(骨粗鬆症)。若年で発症すると将来的な骨折リスクが非常に高まります。
- 血液: 貧血、電解質異常。
- 皮膚・髪: 皮膚の乾燥、産毛の密生、脱毛。
- 脳: 脳の萎縮。集中力や判断力の低下を引き起こします。
- 心理的影響: 完璧主義、強迫観念、抑うつ、不安、社会的孤立などが顕著になります。「痩せていること」が唯一の自己肯定感の源となり、ますます体重への執着が強まる悪循環に陥ります。
- 身体的影響: 低栄養状態が続くことで、命に関わる合併症を引き起こします。
2-2. 神経性過食症(過食症 / Bulimia Nervosa)
一般的に「過食症」と言われるものの一つで、特に「過食嘔吐」として知られています。コントロールできない過食(むちゃ食い)と、その後の体重増加を防ぐための不適切な代償行為を繰り返すのが特徴です。
- 診断基準のポイント(DSM-5より要約)
- コントロールを失った感覚を伴う、むちゃ食い(過食)のエピソードが繰り返しある。
- 体重増加を防ぐための不適切な代償行為(自己誘発性嘔吐、下剤・利尿剤・浣腸の乱用、絶食、過剰な運動など)を繰り返し行う。
- むちゃ食いと代償行為が、少なくとも週に1回、3ヶ月以上続いている。
- 自己評価が、体型や体重の影響を過度に受けている。
- 神経性やせ症の期間中にのみ起こるものではない。
- 主な症状と行動
- むちゃ食い(過食): 短時間に、明らかに普通より多い量を、やめたいのにやめられない感覚で食べてしまいます。菓子パン、アイス、スナック菓子など、高カロリーで手軽に食べられるものが選ばれがちです。多くの場合、人目を避けて一人で行われます。
- 代償行為: 過食による体重増加への恐怖と罪悪感から、様々な代償行為に及びます。最も多いのが自己誘発性嘔吐です。
- 体重: 体重は標準範囲内か、やや肥満気味であることが多く、外見からは病気であることが分かりにくいのが特徴です。そのため、発見が遅れがちになります。
- 心身への深刻な影響
- 身体的影響: 主に代償行為によって、体にダメージが蓄積します。
- 嘔吐による影響: 逆流性食道炎、胃酸による歯のエナメル質の溶解(虫歯の増加)、唾液腺の腫れ(顔が腫れぼったく見える)、指の吐きダコ。
- 下剤・利尿剤の乱用: 電解質異常(カリウム低下など)。重篤な場合は不整脈や腎不全を引き起こし、命に関わります。脱水症状。
- その他: 慢性的疲労感、月経不順。
- 心理的影響: 過食と代償行為のサイクルは、強烈な自己嫌悪と罪悪感を生み出します。「なんて自分は意志が弱いんだ」と自分を責め、そのストレスからまた過食に走るという悪循環に陥ります。抑うつや不安障害を併発することも多く、衝動的な行動(自傷行為、万引きなど)が見られることもあります。
- 身体的影響: 主に代償行為によって、体にダメージが蓄積します。
2-3. 過食性障害(Binge Eating Disorder)
代償行為を伴わない「むちゃ食い(過食)」を繰り返すタイプです。2013年にアメリカ精神医学会の診断基準DSM-5で独立した疾患として認められ、日本でも注目されるようになりました。
- 診断基準のポイント(DSM-5より要約)
- 神経性過食症と同様の、コントロールを失ったむちゃ食いのエピソードが繰り返しある。
- むちゃ食いは、以下のうち3つ以上を伴う(例:通常より速く食べる、苦しくなるまで食べる、空腹でなくても大量に食べる、一人で食べる、食べた後に自己嫌悪や罪悪感を感じる)。
- むちゃ食いに関する著しい苦痛が存在する。
- むちゃ食いが、少なくとも週に1回、3ヶ月以上続いている。
- むちゃ食いには、神経性過食症のような不適切な代償行為は伴わない。
- 主な症状と行動
- 神経性過食症と同様の「むちゃ食い」が主体ですが、その後に嘔吐や下剤乱用といった代償行為はありません。
- そのため、体重は肥満傾向になることが多く、肥満に伴う生活習慣病のリスクが高まります。
- 食事を感情の処理(ストレス、悲しみ、退屈など)の手段として使ってしまう傾向があります。
- 心身への深刻な影響
- 身体的影響: 肥満に伴う様々な健康問題がリスクとなります。
- 2型糖尿病
- 高血圧、脂質異常症
- 心血管疾患
- 睡眠時無呼吸症候群
- 関節への負担
- 心理的影響: 食べた後の強い自己嫌悪、罪悪感、抑うつが特徴です。自分の食行動を恥じ、社会的に孤立しがちになります。「だらしない人間だ」というセルフイメージに苦しめられます。
- 身体的影響: 肥満に伴う様々な健康問題がリスクとなります。
2-4. その他の摂食障害(OSFED)
上記のいずれの診断基準も完全には満たさないものの、食行動に明らかな異常があり、社会生活に支障をきたしている場合、「他の特定される食行動障害または摂食障害(OSFED)」と診断されることがあります。
例えば、「非定型神経性やせ症(体重は標準範囲内だが、それ以外の拒食症の症状は満たす)」や、「頻度の低い神経性過食症(過食と代償行為が週1回未満)」などです。
重要なのは、診断名がつくかつかないかではなく、あなた自身が「食」によって苦しんでいるという事実です。 どのタイプであっても、苦しさは同じです。専門的な助けを求める権利があります。

第3章:なぜ私が?摂食障害の複雑な原因
「どうして自分が摂食障害になってしまったんだろう?」
この問いに、多くの当事者が苦しんでいます。しかし、摂食障害の原因は一つではありません。「これさえなければ発症しなかった」という単純なものではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。これを生物・心理・社会モデルと呼びます。
3-1. 生物学的要因(なりやすさの土台)
- 遺伝的素因: 家族や親戚に摂食障害やうつ病、不安障害の人がいる場合、体質的に摂食障害になりやすい可能性が指摘されています。ただし、遺伝するのは「病気そのもの」ではなく、あくまで「なりやすさ」です。
- 脳の機能: 食欲や感情をコントロールする脳内の神経伝達物質(セロトニン、ドーパミンなど)のバランスの乱れが、摂食障害の発症や維持に関わっているという研究があります。空腹や痩せている状態が、一時的に不安を和らげるように作用してしまうこともあります。
3-2. 心理的要因(その人自身の特性)
摂食障害になりやすいとされる性格特性や気質があります。これらは決して「悪い性格」ではなく、むしろ長所として社会で評価される側面も持っています。
- 完璧主義: 「100点でなければ0点と同じ」「少しでも失敗したら全てがダメだ」という白黒思考。ダイエットにおいても「1kgでも増えたら失敗」と極端に考えてしまいがちです。
- 低い自己肯定感: ありのままの自分に価値を見出せず、「痩せていなければ自分には価値がない」「何かを達成しなければ認められない」という思い込みが根底にあります。体重や体型が、自分の価値を測る唯一の物差しになってしまいます。
- 強迫的な気質: こだわりが強く、物事を自分の決めたルール通りに進めないと気が済まない傾向。カロリー計算や食事のルール、運動のノルマなどに過度に囚われてしまいます。
- 感情処理の困難(アレキシサイミア): 自分が何を感じているのか(怒り、悲しみ、不安など)をうまく言葉にしたり、認識したりすることが苦手な状態。不快な感情を、過食や拒食といった「食行動」で紛らわせようとします。
- 過去のトラウマ: 幼少期の虐待やネグレクト、いじめ、性被害などの辛い経験が、心に深い傷を残し、摂食障害の引き金となることがあります。
3-3. 社会・文化的要因(私たちを取り巻く環境)
個人の問題だけでなく、私たちが生きる社会そのものが、摂食障害の温床となっている側面があります。
- 「痩せ礼賛」の文化: メディアやSNSには、「痩せている=美しい、成功している」というメッセージが溢れています。加工されたモデルやインフルエンサーの画像が、非現実的な美の基準を作り出し、多くの人に「自分は太っている」という劣等感を植え付けます。
- ダイエット文化: 「ダイエットは当たり前」という風潮が、安易な食事制限を助長します。摂食障害の多くは、ごく普通の「ダイエット」から始まっているのです。
- 家族関係:
- 過干渉・過保護: 親が子どもの感情や行動をコントロールしようとすると、子どもは自分で物事を決める力を失い、唯一自分でコントロールできる「体重」に執着することがあります。
- 期待へのプレッシャー: 「良い子でいなさい」という親の期待に応えようとするあまり、自分の感情を抑圧してしまう。そのストレスが食行動の異常として現れることがあります。
- コミュニケーション不足: 家族間で感情的な交流が乏しく、悩みを打ち明けられない環境も、孤立感を深める一因です。
3-4. 誘因(発症の引き金)
上記の要因を土台として抱えているところに、何らかのストレスフルな出来事が加わることで、摂食障害のスイッチが入ることがあります。
- 体型や体重に関する何気ない一言: 「ちょっと太った?」「痩せたらもっと可愛くなるのに」といった、言った本人は忘れているような言葉が深く突き刺さる。
- ダイエットの開始: 軽い気持ちで始めたダイエットが、成功体験となり、次第にエスカレートしていく。
- ライフイベントの変化: 受験、就職、転職、失恋、結婚、出産など、環境の大きな変化に伴うストレス。
- 対人関係のトラブル: 学校や職場でのいじめ、友人との不和など。
このように、摂食障害は様々な要因が絡み合って発症する複雑な病気です。「あなたのせいではない」ということを、まず何よりも知ってください。自分を責める必要は全くありません。
第4章:回復への道筋 – 摂食障害の治療法
摂食障害は、意志の力だけで治せる病気ではありません。しかし、適切な治療を受ければ、必ず回復できる病気です。ここでは、専門家による標準的な治療法について解説します。
4-1. 治療の基本的な考え方とゴール
摂食障害の治療は、単に「体重を元に戻す」「過食嘔吐をやめる」ことだけがゴールではありません。それは回復の過程の一部に過ぎません。
本当のゴールは、体重や食事に囚われることなく、その人らしい人生を取り戻すことです。
そのためには、以下の3つの柱を同時に進めていく必要があります。
- 身体的な回復: 低栄養状態からの脱却、食行動の正常化、合併症の治療。
- 心理的な回復: 摂食障害の背景にある、自己肯定感の低さや完璧主義、感情処理の問題など、心の課題に取り組む。
- 社会的な回復: 家族や友人との関係再構築、学校や職場への復帰。
治療は長期戦になることが多く、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、らせん階段を上るように少しずつ回復していくのが一般的です。焦らず、自分のペースで取り組むことが大切です。
4-2. 専門家による包括的な治療アプローチ
摂食障害の治療は、一つの方法だけで行うのではなく、精神科医、心理士、管理栄養士、内科医などがチームを組んで、多角的にアプローチすることが理想的です。
1. 精神科・心療内科での治療
治療の司令塔となるのが精神科医です。問診や心理検査を通じて正確な診断を行い、全体の治療計画を立てます。
- 薬物療法: 摂食障害そのものに特効薬はありませんが、併存しているうつ病や不安障害、強迫症状に対して、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬が処方されることがあります。特に、神経性過食症や過食性障害の「むちゃ食いの衝動」を抑える効果が期待できます。ただし、薬はあくまで補助的な役割であり、心理療法と並行して行うことが重要です。
2. 心理療法(カウンセリング)
摂食障害の根本的な原因である「心の問題」にアプローチする、治療の核となる部分です。様々な手法がありますが、代表的なものを紹介します。
- 認知行動療法(CBT-E): 現在、摂食障害治療の第一選択として推奨されている心理療法です。自分の「考え方(認知)」の偏り(例:「少しでも太ったら終わりだ」)が、いかに「感情」や「行動(食行動)」に影響を与えているかに気づき、より現実的で柔軟な考え方ができるようにトレーニングします。食事日記をつけながら、自分の食行動パターンを客観的に見つめ直すことも行います。
- 対人関係療法(IPT): 摂食障害の症状を、「対人関係のストレス」への反応と捉え、現在の対人関係の問題(重要な人との別れ、役割の変化、対人関係の不和など)に焦点を当てて解決を目指す治療法です。特に神経性過食症や過食性障害に有効とされています。
- 家族療法: 特に若年者の神経性やせ症に有効とされています。摂食障害を「個人の問題」ではなく「家族システムの問題」と捉え、家族全員で治療に参加します。家族内のコミュニケーションパターンを変え、本人が安心して回復に専念できる環境を整えることを目指します。
3. 栄養療法・栄養指導
管理栄養士が、罰や恐怖の対象となってしまった「食事」との関係を再構築する手助けをします。
- 目標: カロリー計算から解放され、心と体の声に耳を傾けながら、バランスの取れた食事を三食きちんと食べられるようになることを目指します。
- 具体的な内容: 栄養に関する正しい知識の提供、食事プランの作成、食事に対する不安の傾聴、段階的な食事内容の改善など。決して無理強いはせず、本人のペースに合わせて進めていきます。

4-3. 入院治療という選択肢
外来治療だけでは回復が難しい場合や、生命に危険が及んでいる場合には、入院治療が必要となります。
- 入院が必要となるケース
- 極度の低体重(例:標準体重の70%未満など)
- 深刻な身体合併症(重度の電解質異常、不整脈など)
- 自殺のリスクが高い
- 外来治療では食行動の改善が見られない
- 家庭環境が治療の妨げになっている
- 入院治療の内容: 医療スタッフの管理のもと、24時間体制で心身の回復に集中します。構造化された環境で、規則正しい食事や集団療法、個別カウンセリングなどが行われます。まずは体重を安全なレベルまで回復させることを最優先します。

4-4. 治療にかかる期間と費用
- 期間: 摂食障害の治療は数年単位の時間がかかることが珍しくありません。焦らず、じっくりと取り組む覚悟が必要です。
- 費用: 健康保険が適用される治療がほとんどですが、カウンセリングは保険適用外(自費診療)の場合もあります。経済的な負担が心配な場合は、「自立支援医療(精神通院医療)」制度を利用することで、医療費の自己負担を軽減できます。お住まいの市区町村の担当窓口で相談してみてください。
第5章:自分自身でできること – 回復をサポートするセルフケア
専門的な治療と並行して、あなた自身が日常生活の中で取り組めることもたくさんあります。これらは回復のプロセスを支え、再発を防ぐ力になります。
注意:ここでのセルフケアは、専門家の治療に代わるものではありません。必ず治療と並行して、無理のない範囲で試してみてください。
5-1. 「記録」して客観視する – ジャーナリングと食事記録
- ジャーナリング(感情日記): 頭の中のぐるぐるした思考や、言葉にできない感情を、評価せずにそのままノートに書き出してみましょう。「今日は不安だった」「寂しかった」「悔しかった」など、どんな感情でもOKです。感情を可視化することで、自分が何にストレスを感じているのか、どんな時に過食したくなるのか、パターンが見えてくることがあります。
- 思考・感情・食事記録: ジャーナリングを発展させ、「いつ、どこで、誰と、何を、どれくらい食べたか」だけでなく、「その時どんな気持ちだったか」「その前にどんな出来事があったか」も記録します。これは自分を責めるためのものではなく、「食行動と感情のつながり」を理解するためのツールです。認知行動療法でも用いられる手法です。

5-2. 「今、ここ」に集中する – マインドフルネス
摂食障害の苦しみは、過去への後悔や未来への不安に心が支配されている状態とも言えます。マインドフルネスは、「今、この瞬間」の体験に意識を向ける練習です。
- マインドフル・イーティング: 食事を「作業」にせず、五感をフルに使って味わってみましょう。
- まず、目の前の食べ物をじっくり観察します(形、色、香り)。
- 一口、口に含み、すぐに飲み込まずに舌の上で食感や味を丁寧に感じます。
- ゆっくりと咀嚼し、喉を通っていく感覚にも意識を向けます。
「良い」「悪い」と評価せず、ただ「感じる」ことに集中するのがポイントです。
- 呼吸瞑想: 静かな場所に座り、目を閉じて、自分の呼吸に意識を集中します。空気が鼻から入り、お腹が膨らみ、口から出ていき、お腹がへこむ…。その自然なリズムを感じます。雑念が浮かんできたら、「雑念が浮かんだな」と気づき、またそっと呼吸に意識を戻します。1日5分からでも効果があります。

5-3. ストレスへの新たな対処法(コーピング)を見つける
これまで「食べる」「食べない」ことで対処してきたストレスや不快な感情に、別の対処法(コーピング)を用意してあげましょう。
- 心地よい五感への刺激:
- 視覚: 好きな映画を観る、綺麗な景色の写真集を眺める
- 聴覚: 心が落ち着く音楽を聴く、自然の音(雨音、波の音)に耳を澄ます
- 嗅覚: アロマを焚く、好きな香りのハンドクリームを塗る
- 触覚: ふわふわのブランケットにくるまる、ペットを撫でる、温かいお風呂に浸かる
- 味覚: ハーブティーや白湯をゆっくり飲む(食事とは切り離して)
- 体を動かす: 過剰な運動ではなく、心地よいと感じる範囲で体を動かします。散歩、ストレッチ、ヨガなど。体重を減らすためではなく、気分転換や心身の緊張をほぐすことが目的です。
5-4. SNSとの健全な付き合い方
SNSは、時に摂食障害のトリガーとなります。自分を守るために、ルールを決めることが重要です。
- トリガーとなるアカウントはミュート・ブロックする: 他人の体型や食事内容を見て、自分と比較して落ち込んでしまうなら、そのアカウントは見ないのが一番です。
- 見る時間を決める: ダラダラと見続けないように、1日30分までなど時間を区切りましょう。
- 回復の支えになるアカウントをフォローする: 摂食障害から回復した人の体験談や、ボディポジティブなメッセージを発信しているアカウントは、希望や勇気を与えてくれます。

5-5. 自分に優しくする練習
摂食障害の根底には、厳しい自己批判があります。回復とは、自分に優しくなるプロセスでもあります。
- うまくいかない日があって当たり前と知る: 回復は一直線ではありません。過食してしまったり、体重が気になったりする日もあるでしょう。そんな時、「やっぱり私はダメだ」と責めるのではなく、「そんな日もあるよね。今日は疲れているんだな。明日はまた新しい日だ」と、親友にかけるような優しい言葉を自分にかけてあげましょう。
- 小さな「できた」を認める: 「三食のうち一食、少し食べられた」「今日は嘔吐しなかった」「友人と食事以外のことで笑えた」。どんなに小さなことでも、できたことを認めて褒めてあげましょう。
第6章:家族や友人ができること – 大切な人を支えるために
大切な人が摂食障害に苦しんでいる姿を見るのは、ご家族や友人にとっても非常につらいことです。「何とかしてあげたい」という気持ちが空回りし、どう接すればいいのか分からなくなってしまうことも少なくありません。ここでは、良かれと思ってやってしまいがちなNG行動と、本当に本人の支えになるサポート方法について解説します。
6-1. やってはいけないNG行動(よかれと思って…)
これらの行動は、本人の病状を悪化させ、心を閉ざさせてしまう危険性があります。
- 体型や体重、食事内容についてコメントする
- 「痩せすぎだよ、もっと食べなさい!」(→本人は太ることを最も恐れている)
- 「またそんなもの食べて!」(→罪悪感を煽り、隠れて食べる原因になる)
- 「少し太った?顔色が良いね」(→本人にとっては「太った=失敗」と聞こえ、パニックになる)
- 食事を監視する・無理に食べさせようとする
- 食事の場が、本人にとって「監視される尋問の場」になってしまいます。プレッシャーから、ますます食べられなくなったり、嘘をつくようになったりします。
- 「気合が足りない」「甘えだ」と精神論で片付ける
- 摂食障害は精神疾患です。意志の力でコントロールできるものではありません。このような言葉は、本人を深く傷つけ、孤立させます。
- 本人を責める・問い詰める
- 「なんで吐くの!?」「いつまでそんなことやってるんだ!」と責めても、本人はやめたくてもやめられないのです。誰よりも自分自身を責めて苦しんでいます。
- 「治ったら〇〇しよう」と未来の話ばかりする
- 「治らない自分には価値がない」というプレッシャーを与えてしまいます。今のありのままの本人を肯定することが大切です。
6-2. 本人の力になるサポート方法
では、どのように関われば良いのでしょうか。キーワードは「安心感」と「共感」です。
- 【最重要】まずは本人の話を、批判せずに聴く(傾聴)
- アドバイスや正論は一旦横に置いて、ただ「そうなんだね」「つらいんだね」と、本人の気持ちを受け止めてあげてください。「あなたの味方だよ」というメッセージを伝えることが何よりも大切です。本人が話したがらない時は、無理に聞き出そうとせず、「話したくなったら、いつでも聞くからね」と伝え、そっと見守りましょう。
- 安心できる環境を作る
- 食事の時間は、体重や食べ物の話題を避け、楽しい会話を心がけましょう。一緒にテレビを観たり、ゲームをしたり、散歩に行ったりと、食事と関係ない楽しい時間を共有することが、本人の心を少しずつほぐしていきます。
- 病気について正しく理解する
- 本や専門サイト、支援団体の情報などを通じて、摂食障害がどのような病気なのかを学びましょう。病気への理解が深まれば、「なぜあんな行動をするのか」が分かり、冷静に対応できるようになります。
- 本人と「病気」を切り離して考える
- 不可解な行動は、「本人のせい」ではなく「病気がそうさせている」のだと理解しましょう。病気の症状に振り回されず、病気の奥にいる、本来のその人自身を見てあげてください。
- 専門家への相談を根気強く、優しく促す
- 本人が治療を拒否している場合でも、諦めずに「あなたのことがすごく心配だから、一度専門家の話を聞いてみない?」と伝え続けましょう。病院や相談窓口の情報を集めて、「一緒に探しに行こうか?」と提案するのも良い方法です。
- 【自分自身のために】支援者もサポートを求める
- 摂食障害のサポートは、非常に根気がいり、支援者自身が疲弊してしまう「共倒れ」の状態になりがちです。あなた自身の心身の健康を守ることも、長期的なサポートには不可欠です。家族会や支援者向けのカウンセリングなどを利用し、悩みを吐き出せる場所を持ちましょう。あなたが元気でいることが、結果的に本人を支える力になります。
第7章:どこに相談すればいい?- 相談窓口・医療機関リスト
「助けてほしい。でも、どこに行けばいいのか分からない」
その一歩を踏み出すために、具体的な相談先をご紹介します。一人で抱え込まず、まずは電話一本、メール一通から始めてみてください。
7-1. 公的な相談窓口(無料・匿名可が多い)
まずは気軽に相談できる場所として、公的な窓口があります。
- 保健所・精神保健福祉センター
- 各都道府県・市区町村に設置されており、心の健康に関する相談に応じてくれます。精神保健福祉士や保健師などの専門家が対応し、必要に応じて適切な医療機関を紹介してくれます。お住まいの地域の「〇〇市 精神保健福祉センター」などで検索してみてください。
- いのちの電話
- 今すぐ誰かに話を聞いてほしい、という時に。匿名で電話相談ができます。
- 厚生労働省「こころの耳」
- 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイトですが、SNSや電話での相談窓口情報がまとまっています。
7-2. 民間の支援団体・当事者会
同じ悩みを持つ仲間と繋がれる場所です。
- NPO法人など
- 日本摂食障害協会、NABA(日本アノレキシア・ブリミア協会)など、摂食障害に特化した支援団体があります。電話相談や自助グループ(当事者会)の運営、情報提供などを行っています。
- 当事者会(自助グループ)
- 同じ病気を抱える人たちが集まり、お互いの体験を分かち合い、支え合う場です。「自分だけじゃなかったんだ」と感じられることは、孤立感を和らげ、回復への大きな力になります。
- 家族会
- 当事者を支える家族のための自助グループです。同じ立場の家族と悩みを共有し、情報交換をすることで、心が軽くなります。
7-3. 医療機関の探し方と選び方のポイント
本格的な治療を始めるには、医療機関の受診が必要です。
- 探し方
- インターネットで「摂食障害 専門医 〇〇(地域名)」、「心療内科 摂食障害 〇〇(地域名)」などと検索します。
- 上記の相談窓口や支援団体で、地域の専門医療機関を教えてもらうのが確実です。
- 病院選びのポイント
- 摂食障害の治療経験が豊富な医師がいるか: 病院のウェブサイトで、医師の専門分野や治療実績を確認しましょう。
- 多職種連携(チーム医療)を行っているか: 心理士や管理栄養士との連携がある病院が理想的です。
- 治療方針が自分に合っているか: 薬物療法中心か、カウンセリングを重視するかなど、治療方針を確認しましょう。
- 通いやすさ: 長期的な通院になるため、自宅や職場から無理なく通える距離であることも重要です。
- 医師やスタッフとの相性: 最終的には、医師と信頼関係を築けるかどうかが最も大切です。初診で「合わないな」と感じたら、別の病院を探す勇気も必要です。

【おわりに】回復は、自分を許し、取り戻す旅
摂食障害の渦中にいる時、世界は「体重」と「食べ物」だけのモノクロームに見え、未来に希望など持てないと感じるかもしれません。しかし、それは病気が見せている幻影です。
回復のプロセスは、痩せた体型を手放す「喪失」の体験のように感じられ、怖くてたまらないかもしれません。でも、それは喪失ではありません。病気に奪われていた、あなたの本当の人生、感情、人間関係、そして笑顔を「取り戻す」旅なのです。
完璧でなくてもいい。
失敗したっていい。
弱音を吐いてもいい。
ありのままの自分を少しずつ許し、受け入れていくこと。それが、回復の核心です。
この記事が、あなたの長いトンネルの先に、一筋の光を灯すことができたなら、これ以上の喜びはありません。
あなたは、一人ではありません。
助けを求めることは、弱さではなく、生きるための強さです。
どうか、その強さを信じて、今日、小さな一歩を踏み出してみてください。
あなたの旅路が、穏やかで、希望に満ちたものになることを心から願っています。
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