PR

「つい買ってしまう」心理:なぜ人は「真ん中」を選んでしまうのか?「松竹梅の法則」と「ゴルディロックス効果」で売上を劇的に伸ばす価格戦略の全貌

プレゼントを選ぶ女性
スポンサーリンク

はじめに:なぜ、ランチのメニュー選びで「Bセット」を頼んでしまうのか?

あなたはレストランに入ったとき、あるいは家電量販店で新しい炊飯器を選んでいるとき、こんな経験をしたことはないでしょうか。

「一番安いAコースだと、なんとなく物足りない気がする。かといって、一番高いCコースは贅沢すぎて予算オーバーだ。……よし、無難にBコースにしておこう」

特に深く考えたわけではないのに、気づけば「真ん中」の選択肢を手に取っている。そして家に帰ってから、「あれ? そもそもあの機能、必要だったかな?」とふと我に返る。
これが、私たちが日常的に繰り返している「つい買ってしまう」行動の正体です。

実はこの行動、あなたの意志が弱いわけでも、優柔不断なわけでもありません。これは、人間の脳に深くプログラムされた「松竹梅の法則」および「ゴルディロックス効果」と呼ばれる強力な心理メカニズムによるものです。

マーケティングの世界では、この心理を知っているか知らないかで、売上に数億円規模の差が出るとさえ言われています。逆に言えば、消費者としてこの仕組みを理解していなければ、生涯を通じて莫大な「見えない出費」を重ねることになりかねません。

本記事では、なぜ私たちがこれほどまでに「真ん中」に惹きつけられるのか、その心理学的背景を徹底的に解剖します。そして、ビジネスパーソンが明日から使える具体的な価格戦略から、賢い消費者であり続けるための防衛策まで、完全解説します。

「真ん中」に隠された魔力を解き明かす旅へ、ようこそ。

スポンサーリンク

第1章:基礎知識編「松竹梅の法則」と「ゴルディロックス効果」とは?

まずは、今回のテーマである2つのキーワード、「松竹梅の法則」と「ゴルディロックス効果」について、その定義と背景を明確にしておきましょう。言葉は違えど、これらは非常に似通った心理現象を指しています。

松竹梅

日本人のDNAに刻まれた「松竹梅」の序列

日本において最も馴染み深いのが「松竹梅(しょうちくばい)の法則」です。
本来、松・竹・梅は植物の等級やめでたさを表すものであり、そこに優劣はありませんでした。しかし、寿司屋や鰻屋、幕の内弁当などの等級を表す言葉として定着する過程で、明確な価格のヒエラルキーが生まれました。

  • 松: 特上。最も価格が高く、品質も最上級。
  • 竹: 上。価格も品質も中間。
  • 梅: 並。価格が最も安く、基本的な品質。

この3段階が提示されたとき、日本人の多くは無意識に「竹」を選びます。
マーケティングの定説では、3つの選択肢がある場合、選ばれる比率はおおよそ以下のようになると言われています。

  • 松:2割
  • 竹:5割
  • 梅:3割

つまり、半数以上の人が真ん中を選ぶのです。これを「松竹梅の法則」と呼びます。日本特有の「恥の文化」や「世間体」も影響しており、「一番下を選んでケチだと思われたくない」「一番上を選んで分不相応だと思われたくない」という心理が強く働くとされています。

童話から生まれた「ゴルディロックス効果」

一方、西洋の経済学やマーケティング用語として使われるのが「ゴルディロックス効果(Goldilocks Effect)」です。
この名前の由来は、イギリスの有名な童話『3びきのくま(Goldilocks and the Three Bears)』に登場する少女、ゴルディロックスです。

物語の中で、森で迷ったゴルディロックスはクマの家に入り込み、テーブルの上に置かれた3つのスープ(お粥)を見つけます。

  1. お父さんクマのスープは、熱すぎる
  2. お母さんクマのスープは、冷たすぎる
  3. 子グマのスープは、熱すぎず冷たすぎず、ちょうどいい

彼女は「ちょうどいい」3番目のスープを飲み干します。その後、椅子やベッドも同様に「大きすぎる」「小さすぎる」ものを避け、「ちょうどいい」ものを選んでいきます。

この童話になぞらえて、「人は極端なものを避け、自分にとって『ちょうどいい(Just Right)』と感じる中間の選択肢を好む傾向」をゴルディロックス効果と呼びます。
これは価格設定だけでなく、マーケティング、エンジニアリング、さらには天文学(生命が存在可能なハビタブルゾーンをゴルディロックスゾーンと呼ぶ)まで、幅広い分野で応用されている概念です。

2つの法則の共通点と微妙な違い

「松竹梅の法則」と「ゴルディロックス効果」は、結論として「中間を選ぶ」という点では同じです。しかし、その心理的アプローチには微妙なニュアンスの違いがあります。

  • 松竹梅の法則: 社会的ランクや見栄、失敗回避のニュアンスが強い(下を選びたくない)。
  • ゴルディロックス効果: 快適さ、適切さ、妥当性のニュアンスが強い(ここが最適解である)。

ビジネスで活用する際は、この両方の側面――「失敗したくない恐怖」と「最適なものを選びたい欲求」――を同時に刺激することが、最強の価格戦略となります。

スポンサーリンク

第2章:心理メカニズム編 脳が「真ん中」を欲する理由

なぜ私たちの脳は、これほどまでに「真ん中」を好むのでしょうか?
「なんとなく」で片付けるにはあまりにも強力なこの作用には、行動経済学で説明できる明確な理由があります。ここでは主要な3つの心理メカニズムを解説します。

真ん中を選んでいる

1. 行動経済学の基本「極端性回避(Extremeness Aversion)」

最も根本的な理由は、「極端性回避(きょくたんせいかいひ)」という心理作用です。
人間は本能的に「極端なもの」に対してリスクを感じます。

商品選びにおいて、この心理は次のように働きます。

  • 最安値(梅)に対する恐怖:
    「こんなに安いのは、何か裏があるのではないか?」
    「品質が悪いのではないか?」
    「すぐに壊れて、結局損をするのではないか?」
    → 「安物買いの銭失い」への恐怖
  • 最高値(松)に対する恐怖:
    「これは自分にはオーバースペックではないか?」
    「価格に見合うだけの価値を使いこなせるのか?」
    「もし期待外れだったら、大きな出費が無駄になる」
    → 「過剰投資」への恐怖

この2つの「極端なリスク」に挟まれたとき、唯一の安全地帯(セーフティゾーン)として浮かび上がるのが「真ん中(竹)」です。真ん中は、「最低限の品質は保証されているだろう」という安心感と、「最高級ほど無駄遣いではない」という納得感の両方を与えてくれます。

2. 失敗したくない心理「損失回避の法則」

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンらが提唱したプロスペクト理論の中に、「損失回避(Loss Aversion)」という概念があります。
人間は、「得をすること」の喜びよりも、「損をすること」の痛みの方を約2倍〜2.5倍も強く感じるというものです。

これを商品選択に当てはめると、私たちは「最高の満足を得たい」という気持ちよりも、「選んで後悔したくない」「失敗したくない」という気持ちの方がはるかに強いことになります。

  • 一番安いものを選んで失敗した時の「ほら、やっぱり」という後悔。
  • 一番高いものを選んで失敗した時の「あんなにお金を出したのに」という激しい後悔。

この両方の「損失(後悔)」を最小限に抑えられる確率が最も高いのが、中間の選択肢なのです。つまり、私たちは積極的に真ん中を選んでいるというよりは、「後悔のリスクを最小化するための消去法」として真ん中を選ばされていると言えます。

3. 脳の省エネ戦略「決断疲労」の軽減

現代人は1日に約3万5000回の決断をしていると言われています。朝何を着るかから、ランチのメニュー、仕事のメール返信まで、脳は常にフル回転でエネルギーを消費しています。これを「決断疲労(Decision Fatigue)」と呼びます。

脳は非常にエネルギー効率を気にする臓器なので、可能な限り「思考のショートカット」を使おうとします。
商品のスペックを細かく比較検討し、コストパフォーマンスを厳密に計算するのは、脳にとって多大なエネルギーコストがかかります。

そこで「真ん中を選ぶ」というヒューリスティック(経験則)が発動します。
「店側も自信があるから真ん中に置いているのだろう」「多くの人がこれを選んでいるはずだ」と無意識に推論することで、複雑な比較検討プロセスをスキップし、脳のエネルギーを節約しているのです。

「迷ったらBランチ」
この行動は、実は脳がオーバーヒートを防ぐための高度な防衛本能とも言えるのです。

第3章:価格戦略編 売れる「3段階」の作り方

心理的背景を理解したところで、ここからはビジネス視点に切り替えましょう。
あなたがもし商品やサービスを販売する立場なら、どのように「松竹梅」を設計すれば、利益を最大化できるのでしょうか?

単に商品を3つ並べれば良いわけではありません。そこには緻密な計算と、人間の心理を誘導するテクニックが必要です。

プレゼントを開ける女性

黄金比率「2:5:3」を目指す設計

前述の通り、松竹梅の選択比率は一般的に「松:2割、竹:5割、梅:3割」になると言われています。
ビジネスにおけるゴールは、「売りたい本命商品(利益率が高い、または主力の商品)」を「竹」に配置し、全体の5割以上の顧客にそれを選ばせることです。

しかし、何も考えずに価格を並べると、顧客は「一番安い梅」に流れてしまうことがあります。これを防ぎ、竹へと誘導するためには、各段階の役割を明確にする必要があります。

なぜ「2択」ではダメなのか?

よくある失敗が、商品を「通常版」と「高機能版」の2つしか用意しないケースです。
2つの選択肢(松と竹)しかない場合、顧客の心理はどう動くでしょうか?

  • 価格感度が高い人: 「安い方でいいや」と下を選ぶ。
  • 迷っている人: 「高い方を買わされそうになっている」と感じ、警戒して下を選ぶ。

実は2択の場合、約7割の人が「安い方」を選ぶというデータがあります。これでは客単価を上げることができません。
ここに3つ目の選択肢、つまり「さらに高い最上位プラン(松)」あるいは「機能を削ぎ落とした廉価版(梅)」を加えることで、初めて「極端性回避」の心理が働き、真ん中が輝き始めるのです。

最強の「竹」を作るためのロードマップ

では、具体的にどのように3つの価格帯を設定すればよいのでしょうか。ここでは、本命である「竹」を売るための、松と梅の作り方を解説します。

STEP 1:本命(竹)を決める
まず、最も売りたい商品、利益率と満足度のバランスが取れた商品を決めます。
例)スタンダードプラン:5,000円

STEP 2:当て馬としての「松」を作る(アンカリング効果)
次に、最上位モデルを作ります。ここでのポイントは、「売れなくてもいい」と割り切ることです。「松」の役割は、売上を作ることではなく、「竹を安く見せること」にあります。これをアンカリング効果と呼びます。

もし「竹(5,000円)」しか見ていなければ5,000円は高く感じるかもしれません。しかし、隣に「松(12,000円)」があればどうでしょう?
「1万2千円に比べれば、5,000円は半額以下でお得だ」と脳が錯覚します。
したがって、「松」は「竹」よりも大幅に高く設定するのがコツです。機能差がそこまで大きくなくても構いません。「プレミアム感」を演出して価格を吊り上げ、竹への誘導役を担わせます。

STEP 3:劣化版としての「梅」を作る
最後に、最安値モデルを作ります。ここでのポイントは、「竹に比べて明らかに機能が見劣りするように作ること」です。
価格差は「竹」と少し近づけます。

例)

  • 梅(ライトプラン):3,800円(機能制限多め)
  • 竹(スタンダードプラン):5,000円(全機能利用可)

顧客はこう考えます。
「3,800円出して不便な思いをするくらいなら、あと1,200円追加して5,000円のスタンダードにした方が絶対コスパがいい」

このように、「松」で上限のアンカーを打ち、「梅」で機能的な物足りなさを演出することで、顧客を必然的に「竹」へと誘導するのです。

第4章:実践テクニック編 業界別ケーススタディ

理論は理解できても、実際の現場でどう落とし込むかが最も重要です。「松竹梅の法則」と「ゴルディロックス効果」は、業種によって見せ方や活用ポイントが異なります。ここでは代表的な4つの業界における成功パターンを解剖します。

飲食店のメニュー表

1. 飲食店のメニュー設計:アンカリングと視覚誘導

飲食店において、メニューブックは単なる価格表ではなく「優秀なセールスマン」でなければなりません。

【失敗例】
価格の安い順(梅→竹→松)に上から並べてしまう。
これでは、顧客の視線は最初に「一番安いメニュー」に止まり、それが基準価格(アンカー)になってしまいます。その後に見る高いメニューは「割高」に感じられ、注文単価が下がります。

【成功法則:Zの法則と逆アンカリング】

  • 配置の妙: メニューの「右上」または「一番目立つ位置」に、あえて最も高い「松(特上)」を配置します。例えば、3,000円のプレミアム御膳をドーンと写真付きで載せるのです。
  • 心理誘導: 顧客は「3,000円は高いな」と思います。しかし、そのすぐ近くに1,800円の「竹(上御膳)」があると、「お、これなら半額近くでリーズナブルだ」と安堵感を覚えます。
  • 実務テクニック: 「竹」のメニューには「店長おすすめ!」「人気No.1」というアイコン(社会的証明)を添えます。これで迷いを断ち切らせるのです。

実際に、ある鰻屋チェーンでは、うな重のランクを「並・上」の2段階から「並・上・特上」の3段階に変更し、特上の写真を大きく掲載しただけで、それまで「並」ばかり出ていた注文が「上」にシフトし、客単価が25%アップした事例があります。

2. SaaS・サブスクリプション:機能比較表の魔術

NetflixやZoom、Adobeなどのデジタルサービスでは、価格ページ(Pricing Page)の設計が命です。ここでは「損失回避」の心理を巧みに利用します。

【比較表の作り方】
3つのプランを並べ、機能一覧にチェックマーク(✔)を入れていく手法が一般的ですが、ここにも罠があります。

  • 梅(Basic): 必要最低限。あえて「重要な機能」に「×」をつけて、「欠乏感」を演出します。「広告が入ります」「画質が悪いです」といったネガティブ要素を強調し、「これでは不便だ」と思わせます。
  • 竹(Standard): 多くの人が欲しがる機能を網羅し、「最も高コスパ」に見えるように設計します。背景色を変えたり、枠を太くして「Most Popular(一番人気)」のタグを付けます。
  • 松(Premium): プロ向け機能や4K画質など、一般人にはオーバースペックな機能を盛り込み、価格を跳ね上げます。

SaaSにおける「松」の役割は、「竹」への誘導だけでなく、「企業契約(法人プラン)」への布石でもあります。「個人でこれだけ払うのは高いが、会社経費なら…」という別枠の心理を狙う場合もあります。

3. 家電量販店・不動産営業:対面セールスのトーク術

対面販売では、提示する「順番」がゴルディロックス効果の威力を左右します。

【不動産内見の黄金パターン】
トップセールスマンは、決して最初にお客様に「本命の物件(竹)」を見せません。

  1. 1軒目(当て馬の梅): 予算内だが、日当たりが悪い、古い、狭いなど、明らかに欠点がある物件を見せます。顧客はテンションが下がります。
  2. 2軒目(高嶺の花の松): 顧客の理想そのものだが、予算を大きくオーバーする豪華な物件を見せます。「こんな家に住めたら素敵だけど、無理ですよね…」と憧れと諦めを感じさせます。
  3. 3軒目(本命の竹): ここで初めて、予算を少しだけ超える(または予算内の)良物件を見せます。「1軒目より断然いいし、2軒目ほど高くない。ここなら手が届く!」

この順番で見せることで、顧客は3軒目を「妥協」ではなく「賢い選択」として認識し、成約率が劇的に高まります。これを「コントラスト効果」と組み合わせた応用技と言います。

4. ECサイト:並び順とレコメンド機能

Amazonや楽天などのECサイトでも、この法則はアルゴリズムに組み込まれています。

検索結果の「おすすめ順」を見たとき、極端に安い商品や極端に高い商品は、自然と視界の端に追いやられる傾向があります。
ECサイト運営者は、売りたい商品(在庫が豊富で利益率が良い商品)を、類似商品群の中の「中間の価格帯」に設定し、検索順位の上位に表示させます。

また、商品ページの下部にある「この商品を見た人はこんな商品も見ています」というレコメンド枠。ここにも、あえて「少し高い商品」と「少し安い商品」を混ぜることで、閲覧中の商品を「ちょうどいい」と感じさせるアンカリングが行われていることがあります。

第5章:応用編 さらに効果を高める心理テクニック

「松竹梅」を用意するだけでは通用しない場合もあります。消費者が賢くなっているからです。そこで、さらに強力な心理効果を掛け合わせる高度なテクニックを紹介します。

悩んでいる人

1. 「おとり効果(Decoy Effect)」との悪魔的な組み合わせ

ゴルディロックス効果と似て非なる、さらに攻撃的な手法が「おとり効果(デコイエフェクト)」です。
これは、「誰も選ばないような明らかに損な選択肢(おとり)」を混ぜることで、特定の商品を魅力的に見せる手法です。

有名な「映画館のポップコーンの実験」を例に挙げましょう。

【実験A:2択の場合】

  • Sサイズ:300円
  • Lサイズ:700円
    → 結果:多くの人が「Sサイズ」を選びました。「700円は高い」と感じたからです。

【実験B:おとり(Mサイズ)を追加】

  • Sサイズ:300円
  • Mサイズ:650円(おとり)
  • Lサイズ:700円

ここでMサイズに注目してください。Sサイズとの差は350円もあるのに、Lサイズとの差はたった50円です。
すると消費者の脳内でバグが起きます。
「Mサイズを頼むくらいなら、プラス50円でLにした方が絶対にお得だ!」

この瞬間、比較対象が「S vs L」から「M vs L」にすり替わります。Mサイズは売れる必要がありません。Lサイズを「お得」に見せるためだけの捨て駒(デコイ)なのです。
松竹梅では「竹」を売るのが基本ですが、おとり効果を使えば、一番高い「松(ここではL)」に誘導することも可能になります。

2. 「フレーミング効果」で見え方を変える

価格の「見せ方(フレーム)」を変えるだけで、松竹梅の判断基準を操作できます。

  • 分割フレーミング:
    「月額9,000円」と書くより、「1日あたり300円(コーヒー1杯分)」と表現する。
    これだけで、高いプラン(松)への心理的ハードルが下がり、「竹」の基準が上にスライドします。
  • 特典のフレーミング:
    値引きをする際、「竹」プランだけ「20%OFF」とするより、「今だけオプション(3,000円相当)が無料」とした方が、お得感が増す場合があります。

3. カニバリゼーション(共食い)の罠

松竹梅を作る際に注意すべきなのが、価格差の設定ミスによるカニバリゼーションです。

  • 松:10,000円
  • 竹:9,000円
  • 梅:5,000円

このように松と竹の価格が近すぎると、顧客は迷いが生じ、結果として「決断疲労」を起こして「梅」に逃げるか、購入自体をやめてしまいます(選択回避)。
逆に、

  • 松:20,000円
  • 竹:6,000円
  • 梅:5,000円

このように竹と梅が近すぎると、「松が高すぎる」という印象だけが残り、竹のお得感が薄れます。
理想的なバランスは、等間隔ではなく「指数関数的」あるいは「松を突き抜けさせる」設定です。常に「竹を選ぶことの正当性(言い訳)」を顧客に用意してあげることが重要です。

第6章:消費者視点編 「つい買ってしまう」罠から身を守る方法

ここまで、売る側の視点で解説してきましたが、私たちは一日の大半を「消費者」として過ごします。
企業の巧みな価格戦略に踊らされ、不要な出費を重ねないためにはどうすればよいのでしょうか?
ここからは、「賢い消費者(スマートショッパー)」になるための防衛術を伝授します。

ストップをかける人

1. 企業が仕掛ける罠を見抜く思考法「メタ認知」

まず重要なのは、3つの選択肢を見た瞬間に「あ、これは松竹梅の法則だな」と気づくことです。
「真ん中を選ばせようとしているな」「この高い商品はアンカリングだな」と、仕掛け手の意図を客観的に見る(メタ認知する)だけで、無意識の誘導効果は半減します。

「自分は今、自分の意志で選んでいるのか? それとも選ばされているのか?」
この問いをワンテンポ挟む癖をつけましょう。

2. 本当に必要なモノを選ぶための「ゼロベース思考」

松竹梅の罠にかかる最大の原因は、「選択肢同士を比較してしまうこと」にあります。
AとBとCを比べるから、「Bがお得だ」という相対的な評価が生まれます。

これを防ぐには、比較対象を「自分のニーズ(絶対評価)」に戻す必要があります。

  • 「お得かどうか」ではなく、「この機能は自分に必要か?」
  • 「あと1000円でアップグレードできる」ではなく、「その1000円で他に何が買えるか?」
  • 「みんなが選んでいるか」ではなく、「自分が使いこなせるか?」

一度、目の前の選択肢をすべて無視し、「理想のスペックと予算」をゼロベースで書き出してから、商品を見直すのが効果的です。すると、「意外と一番安い梅で十分だった」あるいは「そもそも今は買う必要がなかった」という事実に気づけるはずです。

3. 「3つの選択肢」以外の第4の選択肢を持つ

提示された3つの中から選ぼうとするから思考が狭まります。常に「第4の選択肢」をポケットに入れておきましょう。

  • 選択肢4:「買わない(保留する)」
  • 選択肢5:「他店の中古品を探す」
  • 選択肢6:「代替品で済ませる」

店員が「松竹梅」を出してきたら、「選択肢を絞ってくれてありがとう。でも、一度持ち帰って検討します」と言う勇気を持つこと。店を出て冷静になった脳で考えれば、ゴルディロックス効果の魔法は解けています。

第7章:注意点と倫理 マーケティングにおける「適度」の重要性

最後に、マーケティング施策としてこの法則を利用する際の注意点と、倫理的な側面について触れておきます。

選択肢が多すぎることの弊害「ジャムの実験」

「選択肢は多い方が顧客満足度は上がるはずだ」
そう考えて、松竹梅だけでなく、5段階、10段階のプランを用意するのは逆効果です。

コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授が行った有名な「ジャムの実験」があります。

  • 24種類のジャムを並べたテーブル:試食には多くの人が集まったが、実際に購入したのは3%のみ。
  • 6種類のジャムを並べたテーブル:試食人数は少なかったが、購入したのは30%

選択肢が多すぎると、脳は処理しきれずにフリーズし、「選ばない(買わない)」という選択をしてしまいます。これを「選択のパラドックス」と呼びます。
やはり、人間が直感的に処理できるのは「3つ(松竹梅)」、多くても「4つ〜5つ」が限界なのです。欲張らず、選びやすい環境を作ることが、売り手としてのマナーでもあります。

ダークパターンにならないための倫理観

行動経済学は強力なツールですが、使い方を誤れば「詐欺的な誘導(ダークパターン)」になりかねません。

  • おとり商品を使い、不当に高い商品を買わせる。
  • 解約方法を複雑にし、サブスクリプションを継続させる。
  • 「梅」の品質を意図的に下げすぎて、使い物にならない商品を売る。

こうした手法は、短期的には売上を上げるかもしれません。しかし、長期的には「あの店にはめられた」「使い勝手が悪かった」という不信感を招き、ブランド毀損につながります。

「松竹梅」の本質は、騙して高いものを買わせることではなく、「顧客が迷わずに、自分にとって最適な(そして売り手も利益が出る)商品を気持ちよく選べる手助けをすること」にあるべきです。
「竹を選んでよかった!」と顧客が心から思える商品設計こそが、真のマーケティングです。

ハーブティを飲んでいる女性

まとめ:「ちょうどいい」が世界を動かしている

「つい買ってしまう」
その行動の裏側には、人間の脳が何万年もかけて培ってきた生存戦略――「極端を避け、無難な安全圏を選びたい」という本能が隠されていました。

「松竹梅の法則」と「ゴルディロックス効果」は、単なる商売のテクニックではありません。それは私たちが複雑な世界で、できるだけエネルギーを使わずに、できるだけ後悔しない決断を下すための「脳の知恵」そのものです。

本記事で解説したポイントを振り返りましょう。

  1. 人は極端性回避損失回避の本能から、真ん中の「竹」を選ぶ傾向がある。
  2. ビジネスでは、売りたい商品を「竹」に設定し、2:5:3の比率を目指して上下の選択肢を作る。
  3. アンカリングおとり効果を組み合わせることで、誘導率はさらに高まる。
  4. 消費者としては、比較の罠に陥らず、絶対的価値で判断する癖をつける必要がある。

あなたがもしビジネスをする側なら、顧客が心地よく「真ん中」を選べるような設計図を描いてください。
あなたがもし商品を選ぶ側なら、その心地よさが「仕組まれたもの」であることを理解した上で、本当に必要なものを選び取ってください。

世の中は「ちょうどいい」で回っています。
しかし、あなたにとっての「ちょうどいい」を決めるのは、松でも竹でも梅でもなく、あなた自身の価値観なのです。

コメント