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地震・災害後になぜ「心のケア」が必要なのか|心理的影響と支援の全知識

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はじめに

日本は世界有数の地震大国であり、これまで幾度となく大規模な地震災害を経験してきました。1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、そして2024年の能登半島地震など、私たちの社会は災害のたびに多くの教訓を積み重ねてきています。

地震などの災害が私たちにもたらすのは、家屋の倒壊やライフラインの寸断といった目に見える被害だけではありません。強い恐怖体験や喪失体験は、被災した人の心に深い傷を残すことがあるとされています。近年、こうした「見えない被害」への対応として、「心のケア」の必要性が繰り返し指摘されるようになりました。ニュースなどで報じられる被害状況は、建物の損壊状況や避難者数といった数値で語られることが多いものの、その背後にある一人ひとりの心理的な負担は、外からは見えにくいという特徴があります。

本記事では、地震・災害後に起こりやすい心理的反応のメカニズムを心理学的な観点から整理したうえで、なぜ心のケアが必要とされるのか、そして被災した本人や周囲の人ができる具体的な対応について、体系的に解説していきます。防災や支援活動に関心のある方はもちろん、ご自身やご家族が被災した経験をお持ちの方にも、参考にしていただける内容を目指しました。

なお、本記事は一般的な心理学的知見の紹介を目的としたものであり、個別の症状の診断や治療を代替するものではありません。強い不調を感じる場合は、記事後半でご紹介する専門機関へのご相談をおすすめします。

また、心のケアという言葉には、専門家による治療的な関わりだけでなく、家族や職場、地域社会といった身近な人間関係の中で日常的に行われる支え合いも含まれると考えられています。本記事では、専門的な心理学理論の解説と、日常生活で実践できる工夫の両面から、地震・災害後の心のケアについて幅広く取り上げていきます。

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1. 地震大国・日本にとって「心のケア」が持つ意味

過去の地震

日本で「心のケア」という言葉が防災・減災の文脈で広く使われるようになった大きな契機は、1995年の阪神・淡路大震災であったといわれています。当時、身体的な負傷や住居の喪失に対する支援は進められていた一方で、被災者が抱える精神的な苦痛への組織的な対応は十分に整備されていなかったとされています。この経験を踏まえ、行政機関や医療関係者の間で、災害後の心理的支援を制度として位置づける動きが進んでいきました。

2011年の東日本大震災では、被害の規模がさらに大きく、津波による大切な人や生活基盤の喪失を経験した方も少なくありませんでした。この災害を機に、後述する「DPAT(災害派遣精神医療チーム)」の前身となる仕組みや、中長期的に心のケアを担う「心のケアセンター」の設置が各地で進んだとされています。

さらに2024年に発生した能登半島地震では、高齢化が進んだ地域における避難生活の長期化が大きな課題として指摘されました。住み慣れた地域からの避難生活が長引くほど、心理的な負担が蓄積しやすくなるとされており、身体的な健康管理と並行した心理的支援の重要性が改めて注目される契機となりました。

国の防災基本計画や厚生労働省の関連指針においても、災害時の医療体制の一部として精神保健医療活動が位置づけられており、心のケアはもはや付随的な支援ではなく、災害対応の主要な柱の一つとして扱われるようになってきています。避難所の運営マニュアルや自治体の地域防災計画の中に、心理的支援に関する項目が盛り込まれるケースも増えているとされています。

このような経緯からもわかるように、心のケアは「特別な人だけに必要な特別な支援」ではなく、大きな災害を経験した人であれば誰にでも起こりうる心理的反応に対する、ごく自然な対応として位置づけられるようになってきました。まずは、災害後にどのような心理的反応が起こりうるのかを見ていきましょう。

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2. 災害後に起こりやすい心理的反応とは

頭痛・イライラする女性

強い恐怖や喪失を伴う出来事を経験した後、心と身体にはさまざまな反応が現れることがあるとされています。これらは異常な出来事に対する自然な反応であり、多くの場合、時間の経過とともに和らいでいくと考えられています。しかし、反応が強く長く続く場合には、専門的なケアが必要になることもあります。

2-1 急性ストレス反応(ASD:Acute Stress Disorder)

災害などのショックな出来事の直後から数日〜数週間の間に見られる反応は、「急性ストレス反応」と呼ばれることがあります。米国精神医学会の診断基準であるDSM-5では、以下のような症状群が挙げられています。

  • 侵入症状:出来事に関する記憶が繰り返しよみがえる、悪夢を見るなど
  • 陰性気分:喜びや幸福感を感じにくくなる
  • 解離症状:現実感が薄れる、周囲の出来事がぼんやりと感じられる
  • 回避症状:出来事を思い出させる場所や会話を避けようとする
  • 覚醒症状:眠れない、些細な物音にも過剰に驚く、イライラしやすくなる

これらの症状は、災害という異常な事態に対する心身の防御反応と捉えることもできるとされています。多くの場合は数週間のうちに軽減していきますが、症状が1か月以上続く場合には、次に紹介するPTSDへの移行が懸念されます。

2-2 PTSD(心的外傷後ストレス障害)

急性ストレス反応が1か月以上持続し、日常生活に支障をきたすようになった状態は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれることがあります。精神科医であり複雑性トラウマの研究で知られるベッセル・ヴァン・デア・コーク氏は、トラウマ体験が言語的な記憶としてだけでなく、身体感覚として深く刻まれることがあると指摘しており、頭では「もう安全だ」とわかっていても、身体が緊張状態から抜け出せないケースがあるとされています。

PTSDの症状は先述したASDの症状群と重なる部分が多いものの、より長期化・慢性化しやすい点が特徴です。特に、以下のような場合はPTSDのリスクが高まるとされています。

  • 生命の危機を直接的に感じる体験をした場合
  • 家族や親しい人を亡くした場合
  • 被災前から強いストレスやトラウマ体験を抱えていた場合
  • 被災後の生活環境が不安定な状態が長く続く場合

こうした知見からも、災害直後の一時的な支援だけでなく、中長期にわたる継続的な心のケアの必要性が浮かび上がってきます。

2-3 地震特有の心理的特徴——余震への警戒感

地震災害には、台風や豪雨などの他の自然災害とは異なる特徴があるとされています。それは、本震の後も余震が繰り返し発生し、「いつまた大きな揺れが来るかわからない」という不確実な恐怖が長く続く点です。

このような終わりの見えない緊張状態は、心理学において「予測不可能なストレス」として説明されることがあります。ストレス要因がいつ・どの程度の強さで訪れるか予測できない状況は、身体の警戒システムを慢性的に高いレベルで働かせ続けることにつながりやすいとされ、慢性的な疲労感や睡眠の質の低下を招く一因になると考えられています。

また、地震そのものへの恐怖だけでなく、揺れを感じるたびに過去の被災体験がよみがえる「感覚的なトリガー」も指摘されています。エレベーターの揺れや強風による建物のきしみといった、地震とは無関係な些細な刺激でも、身体が強い警戒反応を示すことがあるとされ、こうした反応もまた自然な防御メカニズムの一つと理解されています。

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3. 災害心理の時間的変化——「4段階モデル」

悩む男性

災害後の被災者の心理は、時間の経過とともに一定のパターンで変化していくことが、防災心理学の分野で指摘されています。米国の研究者ズニン氏とマイヤーズ氏らの知見をもとに整理された、いわゆる「災害心理の4段階モデル」は、日本の防災教育の現場でもたびたび紹介される枠組みです。それぞれの段階の特徴を理解しておくことは、被災者本人だけでなく、周囲で支援する人にとっても役立つとされています。

3-1 茫然自失期(発災直後〜数日)

災害発生の直後は、強いショックのために現実を受け止めきれず、感情が麻痺したような状態になることがあるとされています。恐怖や不安を感じる一方で、生き延びるために必要な行動を淡々とこなす人も少なくありません。周囲から見ると「意外と落ち着いている」ように映ることもありますが、これは危機的状況を乗り切るための一時的な防御反応であり、感情が処理しきれていないだけの場合が多いと考えられています。この時期は、無理に感情を表出させようとするのではなく、安全の確保と基本的な生活支援(水、食料、睡眠場所など)を優先することが重要だと考えられています。

3-2 ハネムーン期(発災後数日〜数週間)

危機的な状況を乗り越えた高揚感や、助け合いによる連帯感が強まる時期です。「みんなで力を合わせて頑張ろう」という前向きな空気が生まれやすく、ボランティアの支援や全国からの励ましのメッセージなどが被災者の心を支える時期でもあります。一見すると心理的な問題が落ち着いているように見えることもあります。しかし、この時期の高揚感は、根本的な問題の解決を意味するものではないと指摘されており、支援の手が徐々に引いていく次の段階への移行に注意が必要とされています。

3-3 幻滅期(発災後数週間〜数か月、時には数年)

支援の輪が縮小し、報道機関の関心も他の話題に移っていく一方で、復興のペースには大きな個人差が生まれます。「自分だけ生活が元に戻らない」「周りはもう普通に暮らしているのに」という比較が、孤立感や苛立ち、無力感を強める要因になるとされています。仮設住宅での生活が長期化する中で、将来設計が描きにくくなることへの焦りや、支援疲れによる人間関係のあつれきが表面化しやすい時期でもあるとされています。4段階の中でも特に心理的な負荷が高く、心のケアの必要性が高まる時期であると考えられています。

3-4 再建期(発災後数か月〜数年)

新しい生活の枠組みが少しずつ整い始め、被災という経験を自分の人生の一部として位置づけ直していく時期です。それは以前とまったく同じ生活に戻ることではなく、被災体験を経たうえでの新しい日常を再構築していくプロセスであると説明されることがあります。すべての人がこの段階に同じペースで到達するわけではなく、中には長期にわたり幻滅期の状態にとどまる人もいるとされており、画一的な「もう大丈夫だろう」という決めつけを周囲がしないことが大切だと考えられています。

このように、災害後の心理的反応は一直線に回復していくものではなく、時間の経過とともに波を描きながら変化していく性質を持っています。だからこそ、発災直後だけでなく、数か月〜数年という中長期的なスパンで心のケアを提供し続ける体制が必要とされているのです。

4. なぜ心のケアが「必要」とされるのか——心理学的な根拠

カウンセリング

ここまで見てきたような心理的反応に対して、なぜ「専門的なケア」や「意図的な支援」が必要だと考えられているのでしょうか。いくつかの心理学理論を手がかりに整理してみます。

4-1 愛着理論(ボウルビィ)から見る「安全基地」の喪失

英国の精神科医ジョン・ボウルビィが提唱した愛着理論では、人は特定の対象との間に築いた「安全基地」を心の拠り所にしながら、外界を探索し、ストレスに対処していくとされています。災害は、住み慣れた家や地域社会、日常のルーティンといった、いわば社会的・環境的な「安全基地」を根こそぎ奪ってしまう出来事だと捉えることができます。

安全基地を失った状態では、通常であれば自然に発揮される心理的な回復力が働きにくくなるとされており、特に子どもにとっては、養育者との安定した関係を通じて安心感を再構築するプロセスが重要だと考えられています。

4-2 トラウマ理論(ハーマン)に見る回復の3段階

精神科医ジュディス・ハーマンは、著書『心的外傷と回復』の中で、トラウマからの回復には段階があるという考え方を示しています。その枠組みは、大きく次の3段階に整理されることが多いとされています。

  1. 安全の確立:まず物理的・心理的な安全を取り戻すこと
  2. 想起と服喪(そうき とふくも):安全な環境の中で、出来事を振り返り、失ったものを悼むプロセス
  3. 再結合:新しい自己や人間関係、日常生活を再構築していくこと

この理論が示唆するのは、順序を飛ばして「早く出来事を語らせよう」「早く前向きにさせよう」とすることが、必ずしも回復を助けるとは限らないという点です。まず安全を確保すること自体が、心のケアの重要な出発点であるとされています。

4-3 認知行動理論(ベック)から見る、災害後の思考の歪み

認知行動療法(CBT)の創始者として知られる精神科医アーロン・ベックの理論では、出来事そのものよりも、それをどう解釈するかという「認知」のあり方が感情や行動に大きな影響を与えるとされています。災害後には、「自分だけが助からなかった責任がある」「もう何も信じられない」といった極端な思考(認知の歪み)が生じやすくなることが知られています。

こうした思考のパターンに早期に気づき、専門家のサポートを得ながら現実的な視点を取り戻していくことは、PTSDなどの慢性化を防ぐうえで重要だと考えられています。

4-4 レジリエンス(心理的回復力)という視点

近年の心理学研究では、トラウマ体験のネガティブな側面だけでなく、人が本来持っている回復力(レジリエンス)にも注目が集まっています。多くの被災者は、深刻な心理的反応を経験しながらも、時間の経過とともに自らの力で立ち直っていくとされています。

心のケアの目的は、被災者を「弱く壊れやすい存在」として一方的に保護することではなく、本人が本来持っている回復力が発揮されやすい環境を整えることにあると理解しておくことが大切です。周囲の適切なサポートは、この回復力を後押しする役割を果たすと考えられています。

4-5 自己効力感・自己決定理論から見る「コントロール感」の回復

心理学者アルバート・バンデューラが提唱した自己効力感の理論では、「自分にはこの状況に対処できる」という感覚が、ストレスへの耐性や行動する意欲に大きく影響するとされています。災害は、住まいや仕事、日常の選択肢など、それまで当たり前だったコントロール感を根こそぎ奪ってしまう出来事です。避難所での生活では、食事の時間やプライバシーの確保など、些細なことでも自分で選べない状況が続くことがあり、これが無力感を強める一因になると指摘されています。

また、心理学者エドワード・デシとリチャード・ライアンによる自己決定理論では、人が心理的に健康であるためには「自律性(自分で選んでいる感覚)」「有能感」「関係性」という3つの欲求が満たされることが重要だとされています。災害後の支援においても、一方的に物資や情報を与えるだけでなく、「どちらを選びますか」「何を手伝ってほしいですか」というように、本人の選択の余地を残す関わり方が、心理的な回復を後押しすると考えられています。

4-6 セルフコンパッションから見る「サバイバーズ・ギルト」への理解

災害の後には、「なぜ自分だけが助かったのか」「もっと何かできたのではないか」といった強い自責感を抱く人が少なくないとされ、これは「サバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)」と呼ばれることがあります。心理学者クリスティン・ネフが提唱するセルフコンパッション(自分への思いやり)の理論では、こうした自責的な思考に対して、自分を厳しく責めるのではなく、友人にかけるような優しい言葉を自分自身にも向けることの重要性が示されています。

ネフの理論では、セルフコンパッションは「自分への優しさ」「共通の人間性(苦しみは自分だけのものではないという認識)」「マインドフルネス(今の感情をありのまま受け止める姿勢)」という3つの要素から成り立つとされています。災害という誰にも制御できない出来事に対して自分を責め続けることは、回復を妨げる要因になりうるため、専門的な支援の中でも、この視点が取り入れられることがあります。

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5. 特に配慮が必要な人々

親子

災害による心理的影響の現れ方は、年齢や立場、置かれている環境によって大きく異なるとされています。同じ災害を経験しても、支援を受けやすい人と受けにくい人が生まれることがあり、こうした違いに気づかないまま画一的な対応をしてしまうと、本当に支援を必要としている人が見過ごされてしまう可能性があります。ここでは特に配慮が必要とされる4つの層について整理します。

5-1 子どもへの影響と対応

子どもは大人に比べて、出来事を言葉で表現する力が発達途上であるため、心理的な苦痛が行動面の変化として現れやすいとされています。具体的には、以下のようなサインが挙げられます。

  • 赤ちゃん返り(指しゃぶり、夜尿など)
  • 分離不安の高まり(保護者から離れることを極端に嫌がる)
  • 攻撃的な行動や、逆に極端な無気力
  • 災害ごっこのように、出来事を繰り返し遊びの中で再現する

こうした行動は、子どもなりに出来事を消化しようとするプロセスの一部であるとも考えられており、頭ごなしに叱ったり無理にやめさせたりするのではなく、安心できる関わりを継続することが重要だとされています。

5-2 高齢者への影響と対応

高齢者は、長年住み慣れた地域社会や生活基盤を失うことへの喪失感が特に大きくなりやすいとされています。また、身体的な不調と心理的な不調が重なり合って現れることも多く、周囲が「年のせい」と見過ごしてしまうケースもあると指摘されています。孤立を防ぎ、地域とのつながりを維持できるような支援が重要だと考えられています。

5-3 支援者・救助者自身のケア(二次受傷と共感疲労)

被災者を支援する立場にある消防・警察・自衛隊の隊員、医療従事者、ボランティアなども、深刻な心理的負荷を抱えることがあるとされています。悲惨な現場に繰り返し接することで、支援者自身が間接的にトラウマ症状を経験する現象は「二次受傷」と呼ばれており、また、他者の苦しみに寄り添い続けることで心身が消耗する状態は「共感疲労」と呼ばれます。

支援する側のケアもまた、災害時のメンタルヘルス対策における重要な柱の一つとして位置づけられています。

5-4 障害のある人・外国人被災者への配慮

障害のある人にとって、避難所という慣れない環境そのものが大きなストレス要因になることがあるとされています。特に感覚過敏を伴う発達障害のある方にとっては、大人数が集まる空間の音や光刺激が強い苦痛につながる場合があり、個別のスペース確保など環境面での配慮が心理的な安定にも直結すると考えられています。

また、日本語を母語としない外国人被災者にとっては、災害情報や支援制度に関する情報が十分に届かないこと自体が、大きな不安要因になるとされています。やさしい日本語や多言語による情報提供、通訳を介した相談支援など、情報アクセスの保障もまた、心のケアの土台を支える重要な要素の一つと位置づけられています。

6. 心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)とは

話している女性

災害直後の心理的支援の考え方として、近年国際的に広まっているのが「サイコロジカル・ファーストエイド(PFA:Psychological First Aid)」です。世界保健機関(WHO)などが提唱するこの枠組みは、専門家でなくても実践できる、人道的かつ実践的な支援のあり方を示しているとされています。

PFAの基本的な考え方は、「見る」「聞く」「つなぐ」という3つの行動に集約されると説明されることが多くあります。

  • 見る:安全な状況かどうかを確認し、明らかに助けが必要な人に気づくこと
  • 聞く:相手のそばに寄り添い、無理に聞き出そうとせず、話したいことに耳を傾けること
  • つなぐ:生活再建に必要な情報や、専門的な支援につなげること

重要なのは、PFAが「専門的なカウンセリングを今すぐ行うこと」を目的としたものではないという点です。無理に出来事の詳細を語らせようとする、いわゆる「デブリーフィング」的な手法は、かえって心理的負荷を高める可能性があるとの指摘もあり、近年は推奨されない傾向にあります。まずは安心できる関わりを持つことが、専門的な心のケアへの入り口になると考えられています。

PFAの実践においては、以下のような態度が推奨されるとされています。

  • 相手のペースを尊重し、話すことを無理強いしない
  • 「大丈夫だから頑張って」といった安易な励ましを避ける
  • 沈黙を怖がらず、そばにいることそのものを支援と捉える
  • 必要な生活情報(給水場所、支援制度の窓口など)を的確に伝える
  • 自分だけで抱え込まず、必要に応じて専門職につなぐ

PFAは特別な資格がなくても、家族や職場の同僚、ボランティアなど、身近な立場の人が実践できる支援のあり方として設計されている点も特徴です。専門的な治療の前段階として、誰もが担える「心の応急手当」としての役割を持っていると理解しておくとよいでしょう。

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7. 日本における災害時心理支援の体制

電話対応

日本では、災害時のメンタルヘルス対策として、以下のような公的な体制が整備されてきています。

DPAT(災害派遣精神医療チーム)

DPATは、大規模災害の発生後、被災地域に派遣される専門的な精神医療チームです。精神科医、看護師、心理職などで構成され、避難所や医療機関において、精神科的な診療や心理的支援、他の医療者への専門的助言などを行うとされています。

心のケアセンター

阪神・淡路大震災や東日本大震災などを契機に、被災した都道府県には中長期的な心のケアを担う「心のケアセンター」が設置されてきました。発災直後の緊急対応だけでなく、数年単位での継続的な相談支援を行う点が特徴とされています。

地域の保健師・自治体窓口

避難所や仮設住宅を巡回する保健師による健康相談も、心のケアの重要な入り口の一つです。身体の不調に関する相談から、自然な流れで心理的な悩みを話せる場として機能しているとされています。

日本赤十字社やNPO等による支援活動

日本赤十字社をはじめとする各種団体も、こころのケア要員を養成し、被災地への派遣を行っているとされています。また、災害支援を専門とする民間のNPO・NGOが、傾聴活動や子ども向けの遊び場(プレイスペース)の提供といった形で、専門的な医療とは異なるアプローチから心理的支援を担っているケースも増えています。

電話相談窓口の役割

対面での相談に抵抗がある場合でも利用しやすい手段として、電話相談窓口が果たす役割も大きいとされています。「よりそいホットライン」のような一般的な生活相談窓口や、自治体ごとに開設される「こころの健康相談電話」などは、匿名性を保ちながら気持ちを話せる場として位置づけられています。こうした窓口の情報は、災害発生後に自治体の公式サイトや広報物を通じて周知されることが一般的です。

こうした重層的な支援体制があることを知っておくこと自体が、いざという時に「一人で抱え込まなくてよい」という安心感につながると考えられます。

8. 自分でできるセルフケアと周囲のサポート方法

胸に手を当てる女性

専門的な支援につながる前段階として、被災した本人や周囲の人が日常の中でできる工夫もあります。

生活リズムを整える

睡眠、食事、休息といった基本的な生活リズムを可能な範囲で保つことは、心身の回復を支える土台になるとされています。避難所生活など環境が制約される中でも、決まった時間に起きる、日光を浴びるといった小さな習慣が役立つと考えられています。

安心して話せる相手とつながる

心理学者ジュディス・ハーマンの理論でも触れたように、安全な関係性の中で出来事や気持ちを話せることは回復のプロセスにおいて重要だとされています。無理に話す必要はありませんが、「話したいときに話せる相手がいる」という状態自体が支えになると考えられています。

災害報道との距離をとる

繰り返し流れる被災地の映像や情報に触れ続けることで、心理的な負荷が高まることがあるとされています。必要な情報収集は大切にしつつも、意識的に情報から距離を置く時間を作ることも、セルフケアの一つとして紹介されることがあります。

小さな「日常」を取り戻す

好きな飲み物を飲む、いつも通りの挨拶をするといった、ささやかな日常の行為を続けることが、安心感の回復につながるとされています。心理学者ミハイ・チクセントミハイのフロー理論が示すように、何かに没頭できる時間を少しずつ取り戻していくことも、心理的な安定に寄与すると考えられています。

呼吸法やグラウンディングによる身体面へのアプローチ

強い不安や緊張を感じたときには、ゆっくりと長く息を吐くことを意識した呼吸法が、自律神経の緊張を和らげる助けになるとされています。また、「今、目に見えるものを5つ挙げる」「足の裏が床についている感覚に意識を向ける」といった、五感を通じて「今、ここ」の安全な現実に意識を戻す方法は、グラウンディング(接地)技法と呼ばれ、フラッシュバックのような強い苦痛を感じた際のセルフケアとして紹介されることがあります。

地域コミュニティとの緩やかなつながりを保つ

一人で抱え込まず、避難所や仮設住宅内での声かけ、地域の茶話会や体操教室といった緩やかな集まりに参加することも、孤立を防ぐうえで役立つとされています。心理学者アルバート・バンデューラの理論が示すように、自分と似た状況にある他者が少しずつ前を向いていく姿を見ること自体が、「自分にもできるかもしれない」という感覚を後押しする場合があると考えられています。

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9. 専門家に相談すべきタイミングのサイン

カウンセリング

以下のような状態が続く場合は、専門家への相談を検討する目安になるとされています。

  • 眠れない状態や悪夢が1か月以上続いている
  • 出来事に関する記憶がフラッシュバックのように繰り返し襲ってくる
  • 以前は楽しめていたことに全く興味が持てない
  • 強い自責感や無価値感が続いている
  • 家族や仕事など、日常生活に明らかな支障が出ている
  • 自分を傷つけたい、消えてしまいたいという気持ちがある

特に最後の項目のように、自分を傷つけることや命に関わる考えが浮かんだ場合は、一人で抱え込まず、できるだけ早く医療機関や相談窓口に連絡することが強く推奨されます。

なお、これらのサインは「本人が気づく」場合だけでなく、家族や同僚など周囲の人が先に気づくケースも少なくないとされています。以前と比べて表情が乏しくなった、口数が減った、お酒の量が増えたといった変化に気づいた際には、さりげなく声をかけ、必要であれば専門機関の情報を伝えることも、周囲にできる大切な支援の一つです。

10. 地震と他の自然災害における心理的影響の違い

台風や豪雨、火山噴火など、日本ではさまざまな自然災害が起こりますが、地震はその中でも特有の心理的影響を持つ災害として説明されることがあります。

台風や豪雨の多くは、気象情報によってある程度の予測が可能であり、事前に避難行動をとる時間的余裕があるとされています。一方、地震は現在の科学技術をもってしても発生の正確な予測が難しく、「予告なく、いきなり日常が断ち切られる」という体験の性質を持っています。この予測不可能性そのものが、強い無力感やコントロール感の喪失につながりやすいと指摘されています。

また、台風や豪雨の被害が去った後は、天候の回復とともに「危険は過ぎ去った」という区切りを感じやすい一方、地震の場合は本震の後も余震が続くため、「本当にもう安全なのか」という不確実な状態が長く続きやすいという違いもあるとされています。先述した「予測不可能なストレス」が長期化しやすい点は、地震特有の心理的負荷として理解しておく必要があるでしょう。

このように、災害の種類によって心理的影響の現れ方には違いがあるとされており、地震という災害の特性を踏まえたうえで心のケアのあり方を考えることが重要だと考えられています。

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11. 職場・学校における心のケアの取り組み

災害の影響は、個人の生活だけでなく、職場や学校といった集団の中にも及びます。組織としての心のケアの取り組みも、近年重要性が高まっている分野です。

職場におけるメンタルヘルス対応

被災地の企業や、被災地に社員を派遣する企業の中には、産業医や外部の相談窓口(EAP:従業員支援プログラム)と連携し、被災した従業員が相談しやすい体制を整えるところが増えているとされています。管理職に対して、部下の変化に気づくための基礎知識を伝える研修を行うことも、組織的な心のケアの一環として位置づけられています。

学校における子どもの心のケア

学校現場では、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーが、災害後の子どもたちの様子を継続的に見守る役割を担うとされています。授業の中で防災教育と組み合わせながら、自分の気持ちを言葉にする練習を行ったり、リラックスするための簡単なプログラムを取り入れたりする取り組みも紹介されています。教職員自身も被災者であるケースが多いため、教職員へのサポート体制を並行して整えることも課題として指摘されています。

よくある質問(FAQ)

質問・疑問

Q1. 災害後、心が不安定になるのはおかしいことですか?

A1. いいえ、おかしいことではないとされています。強い恐怖体験や喪失体験の後に、不眠や不安、涙もろさなどの反応が現れることは、異常な出来事に対する自然な心身の反応と考えられています。

Q2. 子どもが災害後に赤ちゃん返りをするようになりました。どう対応すればよいですか?

A2. 赤ちゃん返りは、子どもなりに出来事を消化しようとする過程で見られることがある行動とされています。頭ごなしに叱るのではなく、安心できる関わりを続けながら、必要に応じて専門家に相談することが推奨されます。

Q3. PTSDと急性ストレス反応(ASD)は何が違うのですか?

A3. 症状の内容自体は重なる部分が多いとされていますが、症状が1か月未満であればASD、1か月以上持続し日常生活に支障が出ている場合はPTSDと整理されることが一般的です。

Q4. 家族が被災していないのに、報道を見ているだけで辛くなります。これも心のケアが必要な状態ですか?

A4. 直接被災していなくても、繰り返し流れる映像や情報に触れることで心理的な負荷が高まることはあるとされています。強い辛さが続く場合は、情報との距離を取ることに加え、相談窓口の利用も検討してよいと考えられます。

Q5. 心のケアの専門機関にはどこに連絡すればよいですか?

A5. お住まいの自治体の保健センターや、災害時に設置される心のケアセンター、DPATの活動情報などが窓口になります。詳しくは自治体の公式サイトや厚生労働省の関連情報をご確認ください。

Q6. 余震が続く中で、常に不安で落ち着きません。異常な状態でしょうか?

A6. 余震が続く状況下での強い警戒感や不安は、地震災害に特有の反応として自然なものと考えられています。予測できない揺れへの緊張が続くこと自体がストレス要因となるため、無理に「気にしないようにしよう」とせず、呼吸法やグラウンディングなどのセルフケアを取り入れながら過ごすことが役立つとされています。

Q7. 被災していない自分が、被災した人にどう声をかければよいかわかりません。

A7. 無理に励ましたり、体験を聞き出そうとしたりする必要はないとされています。心理的応急処置(PFA)の考え方にあるように、そばにいること、生活に必要な情報を伝えること、話したいときに耳を傾けることが、シンプルながら有効な関わり方だと考えられています。

Q8. 支援活動をしているうちに、自分自身が辛くなってきました。どうすればよいですか?

A8. これは「二次受傷」や「共感疲労」と呼ばれる、支援者によく見られる反応とされています。支援する側にも休息と心のケアが必要であり、一人で抱え込まず、チーム内で気持ちを共有できる体制や、外部の相談窓口を活用することが推奨されています。

朝日・夜明け

12. まとめ

地震などの災害は、住まいや生活基盤だけでなく、私たちの心の安全基地にも大きな影響を及ぼす出来事です。急性ストレス反応やPTSDといった心理的反応は、異常な事態に対するごく自然な心と身体の防御反応であるとされています。特に地震は、台風などの他の自然災害と異なり予測が難しく、余震が続くことで不確実な緊張状態が長期化しやすいという特有の性質を持つ点も押さえておきたいポイントです。

災害心理は「茫然自失期」「ハネムーン期」「幻滅期」「再建期」という段階を経ながら、長い時間をかけて変化していくものであり、だからこそ発災直後だけでなく中長期にわたる心のケアの体制が必要とされています。ボウルビィの愛着理論、ハーマンのトラウマ理論、ベックの認知行動理論、バンデューラの自己効力感理論、デシとライアンの自己決定理論といった心理学の知見は、なぜ安全の確保や本人の選択を尊重した関わりが回復の鍵になるのかを、それぞれ異なる角度から裏付けるものといえるでしょう。

心のケアは、専門家だけが担うものではありません。家族や友人、職場の同僚、地域の住民といった身近な立場の人が、サイコロジカル・ファーストエイドの考え方に基づいて「見る」「聞く」「つなぐ」を実践することも、立派な心のケアの一部です。そのうえで、症状が長引く場合や日常生活に支障が出ている場合には、DPATや心のケアセンター、自治体の相談窓口といった専門的な支援に橋渡しすることが大切です。

もしご自身やご家族が強い心理的な負担を感じている場合は、決して一人で抱え込まず、本記事で紹介した窓口や制度を頼っていただければと思います。災害という大きな出来事を経験してもなお、多くの人が時間をかけながら自分らしい日常を取り戻していけることを、心理学の知見は示しています。

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