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家族内殺人の心理とは?犯罪心理学から読み解く「なぜ身近な人を手にかけるのか」

壊れた家族写真
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はじめに――最も身近な場所で起きる悲劇

「家族は最も安全な場所のはずだ」

多くの人がそう信じています。しかし、統計は冷酷な現実を示しています。

警察庁の犯罪統計によると、日本における殺人事件の被害者の約半数は、加害者と親族・同居者関係にあることが繰り返し報告されています。見知らぬ他人による殺人よりも、血のつながった家族や配偶者、同居人による殺人のほうがはるかに多いのです。

なぜ人は、最も愛すべき存在であるはずの家族に手をかけてしまうのか。

この問いに答えることは、単なる知的好奇心の充足にとどまりません。被害を未然に防ぐためのサインを理解し、支援の手を差し伸べ、社会全体で悲劇を食い止めるためにも、家族内殺人の心理メカニズムを正確に理解することは極めて重要です。

本記事では、犯罪心理学・精神医学・社会学の研究をもとに、家族内殺人の実態、加害者の心理、背景にある構造的問題、そして予防のための視点まで、多角的に掘り下げていきます。

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1. 家族内殺人とは何か――定義と分類

家族構成

基本的な定義

家族内殺人(Intrafamilial Homicide)とは、血縁関係や婚姻関係にある者、あるいは同一家庭内に居住する者が加害者となる殺人事件の総称です。英語圏では「Familicide(家族全員の殺害)」「Intimate Partner Homicide(親密なパートナー間の殺人)」「Filicide(子殺し)」「Parricide(親殺し)」など、被害者と加害者の関係性によって細かく分類されています。

日本の法的・統計的文脈では、警察庁が「親族間殺人」として集計する数値が最も参照されますが、その範囲は婚姻関係、血縁関係に限らず、内縁・事実婚のパートナーを含む場合もあります。

主な分類

類型加害者 → 被害者英語名
パートナー殺人配偶者・恋人 → 配偶者・恋人Intimate Partner Homicide
子殺し親 → 子Filicide
嬰児殺親 → 乳幼児(1歳未満)Neonaticide / Infanticide
親殺し子 → 親Parricide
兄弟姉妹間殺人兄弟姉妹 → 兄弟姉妹Siblicide
家族全員殺害家族の一員 → 家族全員Familicide
介護関連殺人介護者 → 被介護者(家族)Caregiver Homicide

これらはそれぞれ異なる心理的背景・社会的文脈を持っており、一括して論じることには限界があります。本記事では各類型ごとに丁寧に解説していきます。

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2. 統計データが示す衝撃の実態

殺人の認知件数のグラフ

日本の現状

警察庁「犯罪統計書」の近年のデータによると、日本で発生する殺人事件(既遂・未遂含む)の認知件数は年間800〜1,000件前後で推移していますが、そのうち被疑者と被害者の関係が「親族」である事件は全体の約40〜50%を占めます。

さらに細かく見ると:

  • 配偶者・元配偶者間:殺人・傷害致死事件のうち、最も多い類型の一つ
  • 子どもが被害者:虐待死を含む子殺しは、年間50〜80件前後で推移
  • 親が被害者:介護疲れや経済的困窮を背景にした親殺しは増加傾向
  • 高齢者が被害者:介護関連の殺人・心中は社会的に深刻な問題

世界との比較

国連薬物犯罪事務所(UNODC)の報告(2018年)によれば、世界的に見ても殺人被害者の約38.6%がパートナーまたは家族成員によって殺害されており、女性に限ると約64%に達します。家族という空間が、最も危険な場所になり得ることを示す衝撃的な数字です。

日本は国際的に見ると殺人発生率全体は低い水準にありますが、「親族間殺人の割合」という観点では決して低くありません。外国人犯罪やいわゆる「通り魔」などによる殺人が比較的少ない一方、家庭内での悲劇は日常の闇として静かに続いています。

「氷山の一角」問題

さらに懸念されるのは、家族内の暴力・傷害は表に出にくいという現実です。DV(ドメスティック・バイオレンス)や子ども虐待の多くは発覚せず、殺人に至らなくても深刻な心身の傷を残します。家族内殺人の統計はあくまでも氷山の一角であり、その背後には無数の「未遂」「見えない暴力」が存在していることを忘れてはなりません。

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3. 犯罪心理学から見た加害者の心理プロセス

渦巻く感情

「なぜ家族を殺すのか」という問い

犯罪心理学者たちは長年、家族内殺人の加害者を研究してきました。彼らが共通して指摘するのは、「衝動」だけで説明できる事件は少ないという点です。多くの場合、加害者の心理は長期にわたるプロセスの末に临界点に達します。

アメリカの犯罪心理学者ジャック・レビン(Jack Levin)らの研究によれば、家族内殺人の加害者心理には次のようなプロセスが見られます:

① 歪んだ認知(Cognitive Distortion) 「自分が正しい」「相手が悪い」「これは仕方のないことだ」という歪んだ思考が形成される。

② 感情の蓄積(Emotional Buildup) 怒り・屈辱感・絶望感・嫉妬などの感情が、長期にわたって蓄積される。

③ 抑制の失敗(Loss of Inhibition) アルコール・薬物・精神的消耗などにより、暴力を抑制する機能が低下する。

④ 誘発事象(Triggering Event) 比較的小さな出来事が「最後の引き金」となり、蓄積された感情が爆発する。

⑤ 実行(Act) 殺傷行為に至る。多くの場合、後に「なぜそんなことをしてしまったのか」と悔恨する。

「親密性」が生む特有のリスク

家族という関係の特殊性は、殺人の心理においても重要な役割を果たします。見知らぬ他者を傷つける場合と比べ、家族間では次のような心理的要因が加わります:

・関係の固定性:逃げ場がなく、問題から物理的に距離を置きにくい

・期待と失望の落差:「家族なら分かってくれるはず」という過大な期待が裏切られたときの絶望は深い

・長年の恨みの蓄積:何年・何十年もかけて積み重なった怒りや不満

・支配と依存の絡み合い:DVにみられるような、暴力と依存が複雑に絡み合った関係性

・「外に言えない」閉鎖性:家族の問題は外部に漏れにくく、早期介入の機会が失われる

4. 類型別・家族内殺人の心理

夫婦が見つめ合っている

4-1. 配偶者間殺人(パートナー殺人)

配偶者・恋人・元交際相手によるパートナー殺人は、家族内殺人の中で最も件数が多い類型の一つです。

加害者の心理パターン

① 支配と嫉妬による殺人(Jealousy Homicide) 「お前は俺のものだ」という所有意識と、他者への嫉妬が暴力を生む。相手が別の人間に関心を向ける、あるいは別れを告げようとすることが引き金になるケースが多い。

② 別れ際の殺人(Separation Homicide) 逆説的に聞こえますが、DVなどの暴力関係において、被害者が「離れようとしたとき」が最も危険な瞬間です。加害者にとって、相手が去ることは「コントロールを失う」こと。「お前を離さない」という支配欲が、最悪の形で爆発します。

③ 被害者が加害者になるケース 長年DV被害を受けてきた女性が、夫への正当防衛・やむを得ない対抗として殺傷行為に至るケースも少なくありません。この場合、「被害者」と「加害者」の二項対立では語れない複雑な心理状況があります。

ジェンダー差

パートナー殺人には顕著なジェンダー非対称性が存在します。被害者の圧倒的多数は女性であり、UNODC統計でも世界の女性殺人被害者の約34%は親密なパートナーによるものです(男性の場合は約6%)。これは単なる個人の問題ではなく、社会におけるジェンダー不平等・男性優位な権力構造と深く結びついています。


4-2. 親による子どもへの殺人(子殺し・嬰児殺)

子殺しの動機類型

精神科医フィリップ・レスニック(Phillip Resnick)は、1969年の古典的研究において、子殺し(Filicide)の動機を以下の5類型に分類しました。この分類は現代でも参照され続けています。

① 利他的殺人(Altruistic Filicide) 「子どもがこれ以上苦しまないように」「自分が死ぬなら子どもも一緒に」という歪んだ「愛情」からくる殺害。精神病的な思考が背景にあることも多い。

② 急性精神症状による殺人(Acutely Psychotic Filicide) 幻覚・妄想など急性の精神症状の中で行われる殺害。加害者は「現実を正確に認識していない」状態にある。

③ 望まない子どもの殺害(Unwanted Child Filicide) 計画外妊娠・経済的困窮・育てる能力の欠如など、子どもを「負担」とみなすことで起きる殺害。新生児・乳児に多い。

④ 不慮・過失による死(Accidental Filicide) 怒りの爆発による暴行が死につながるケース。「しつけ」と称した虐待が致死的な結果をもたらす。

⑤ 配偶者への復讐(Spouse Revenge Filicide) 子どもを傷つけることで、別れた配偶者・パートナーに復讐しようとするケース。子どもが「武器」にされる最も残酷な形。

母親と父親で異なる心理

研究によれば、母親による子殺しは産後うつ・精神疾患・孤立との関連が強く、父親による子殺しは配偶者への怒り・家族全員殺害(Familicide)との関連が強い傾向があります。

日本においては、子育てへのプレッシャー・孤立・経済的困窮が母親を極限状態に追い詰め、精神的に崩壊した末に子どもに危害を加えるケースが問題となっています。これは個人の「モンスター性」ではなく、社会的なサポートの欠如が生む悲劇として捉える必要があります。

親子

4-3. 子による親への殺人(親殺し・Parricide)

「親殺し」は古代ギリシャの悲劇「オイディプス」から現代の犯罪報道まで、人類の想像力を刺激し続けてきたテーマです。犯罪心理学的には、親殺しは大きく以下のパターンに分類されます。

① 長年の虐待からの逃避(Abused Parricide)

犯罪心理学者ポール・モスタール(Paul Mones)の研究によると、親殺しの加害者の大多数は、自分自身が長年にわたり深刻な身体的・性的・精神的虐待を受けた被害者です。彼らにとって親殺しは、逃げ場のない状況からの「最後の手段」として認識されていることが多い。

「なぜ逃げなかったのか」という問いに、彼らは「逃げる選択肢があるとは思っていなかった」と答えます。長年の虐待が自己効力感と思考の柔軟性を奪い、暴力以外の出口を見えなくさせているのです。

② 経済的動機(財産・遺産目当て)

成人した子どもが、遺産や保険金を目的として親を殺害するケース。感情的な動機よりも計画性が高いことが多い。

③ 精神疾患・依存症との関連

薬物依存・アルコール依存・精神疾患を抱えた子どもが、トラブルの末に親を殺傷するケース。

④ 介護疲れ(中高年の子による高齢の親への殺人)

認知症などの高齢親を一人で介護してきた子が、精神的・肉体的に限界を超えて起こすケース。後述の「介護殺人」とも重複する。


4-4. 兄弟姉妹間の殺人(Siblicide)

兄弟姉妹間の殺人は比較的件数が少ないものの、その心理的背景は深刻です。

主な要因としては:

  • 親の愛情をめぐる長年の競争と嫉妬
  • 財産・遺産をめぐる争い
  • 家庭内での力関係の逆転(かつていじめられていた側がいじめた側を傷つける)
  • 精神疾患・薬物依存状態での行為

また、幼少期に兄弟間の暴力が放置・黙認されてきたケースでは、暴力のエスカレーションが起きやすいことも指摘されています。


4-5. 介護疲れによる殺人

現代日本において、特に深刻な問題となっているのが介護関連殺人・心中です。

現状

厚生労働省の研究や各種報道によれば、認知症高齢者の介護中に追い詰められた家族による殺人・心中未遂は、日本で繰り返し発生しています。その多くは次のような特徴を持ちます:

  • 加害者は長年一人で介護を担ってきた家族(配偶者・子ども)
  • 外部のサポートをほとんど受けていない
  • 経済的困窮が重なっている
  • 加害者自身も健康問題を抱えている
  • 「心中」として計画されることが多い(相手を苦しめたくないという感情が伴う)

「愛情」と「絶望」の交錯

介護殺人の加害者の多くは、法廷でも「愛していたからこそ」「苦しむ姿を見ていられなかった」と証言します。外部の人間から見れば矛盾したこの発言は、加害者の主観的現実の中では整合性を持っています。

長期介護の中で、愛情と憎悪、疲弊と責任感、逃げたい気持ちと献身、これらが複雑に絡み合い、「もう一緒に死ぬしかない」という歪んだ認知が形成されていくのです。

これは個人の「悪」ではなく、介護保険制度の不備・家族への過度な依存・地域コミュニティの崩壊が生む社会的悲劇として分析されるべきです。

介護する人
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5. DV・虐待と家族内殺人の深い関係

鍵のかかった部屋

家庭内暴力は「家族内殺人への道」

犯罪研究の多くが一致して示すのは、家族内殺人の多くは突発的な「初めての暴力」ではなく、長期にわたるDV・虐待のエスカレーションの結果だという点です。

米国疾病管理予防センター(CDC)の調査では、親密なパートナーによる殺人(IPH)の被害女性の約75%が、殺害される前にすでにDV被害を受けていたことが示されています。

DVのサイクルとエスカレーション

心理学者レノア・ウォーカー(Lenore Walker)が提唱した「暴力サイクル理論」によれば、DVには以下の繰り返しのパターンがあります:

緊張の高まり期 → 爆発期(暴力) → 和解・ハネムーン期 → 穏やかな時期 → 緊張の高まり期…

このサイクルを繰り返すうちに、暴力は次第にエスカレートし、「和解・ハネムーン期」は短くなり、やがてサイクルは加速します。最終的な死に至る暴力は、このプロセスの延長線上にあることが多いのです。

子ども虐待と家族内殺人

子ども虐待もまた、家族内殺人と深く結びついています。児童虐待における死亡事例(虐待死)は年間数十件が確認されており、その多くは:

  • 0歳児が最多(特に生後間もない乳児)
  • 加害者は実親が最多(特に「実母」が占める割合が高い)
  • 複数回の虐待通告歴があるケースが多く、早期介入の失敗が死につながる

「なぜ逃げないのか」という誤解

DV被害者に対してよく投げかけられる「なぜ早く逃げなかったのか」という問いは、被害者の心理を理解していない誤解に基づいています。

被害者が「逃げられない」理由には:

  • ボンディング(トラウマ的絆):暴力と優しさが交互に繰り返されることで、加害者への強い情緒的依存が形成される(ストックホルム症候群に似た心理)
  • 経済的依存:収入・住居・子育てを加害者に依存している
  • 社会的孤立:加害者によって友人・家族との関係を絶たれている
  • 恐怖:「逃げたら殺す」という脅迫が現実の危険として機能している
  • 自己効力感の喪失:長年の暴力により「自分には何もできない」という無力感が植え付けられている

これらを理解せずに「なぜ逃げなかったのか」と問うことは、二次被害となります。

6. 精神疾患との関連性

悩んでいる人

精神疾患と家族内殺人

家族内殺人と精神疾患の関係は、慎重に扱う必要があります。精神疾患があること自体が暴力の原因ではなく、精神疾患を持つ人の多くは犯罪とは無縁の生活を送っています。しかし、特定の精神状態が、一部のケースにおいてリスクを高める要因になることも事実として認識されています。

関連が指摘される精神状態

うつ病・重篤なうつ状態

「拡大自殺(Extended Suicide)」または「心中」と呼ばれるパターンにおいて、深刻なうつ状態が背景にあることがあります。「自分が死ぬなら家族も道連れに」「家族を不幸にしないために先に送り出す」という歪んだ論理が形成されることがある。

妄想性障害・統合失調症

「家族が悪意ある存在に乗っ取られた」「家族が自分を危険にさらそうとしている」などの被害妄想が、家族への暴力につながるケースがある。ただし、こうしたケースは全体の家族内殺人の中で少数派です。

パーソナリティ障害(特に境界性・自己愛性)

境界性パーソナリティ障害(BPD)では、見捨てられ不安・感情の激しい起伏・理想化とこき下ろしの繰り返しが、親密なパートナー関係における暴力リスクを高めることがある。自己愛性パーソナリティ障害(NPD)では、支配欲・共感の欠如・自己中心性が暴力的関係につながることがある。

依存症(アルコール・薬物)

アルコールや薬物の使用は、衝動の抑制力を低下させ、元々存在していた攻撃性や怒りを増幅させます。家族内殺人事件において、加害者がアルコール・薬物を使用していた状態であるケースは少なくありません。

「精神疾患 = 危険」という偏見への警鐘

重要なのは、精神疾患を家族内殺人の「原因」として単純化しないことです。精神疾患を持つ人々は、健常者と比較して犯罪を起こす確率が高いわけではなく、むしろ犯罪の被害者になりやすいことが多くの研究で示されています。

精神疾患と家族内殺人を短絡的に結びつけることは、精神疾患への差別・偏見を助長し、当事者が支援を求めることを妨げる可能性があります。

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7. 「普通の家族」が崩壊するとき――ストレスと限界点

コップから水があふれだす

「モンスター」ではなく「普通の人間」が起こす

家族内殺人の加害者を「生まれながらの凶悪犯」として切り離すことは、心理的には楽かもしれません。しかし、現実はそれほど単純ではありません。

犯罪心理学の研究が繰り返し示しているのは、家族内殺人の加害者の多くが、事件前は「普通の家庭の一員」として生活していたという事実です。近隣住民の証言には「まさかあの家が」「大人しくて親切な人だと思っていた」という言葉が並びます。

では、「普通の人間」が家族を手にかけてしまうとき、何が起きているのでしょうか。

複合的ストレスの蓄積

研究者たちが「限界点(Breaking Point)」と呼ぶ状態に至るまでには、通常、複数のストレス要因が長期間にわたって重なり合っています。

経済的ストレス 失業・多重債務・破産・ビジネスの失敗などは、自尊心の喪失と家族内の力関係の変化をもたらし、暴力のリスクを高めます。

社会的孤立 地域コミュニティとの断絶・友人関係の喪失・職場からの孤立は、家族だけが唯一の人間関係となることを意味し、その関係への依存度と緊張度を高めます。

役割の喪失と自己同一性の危機 「家族の大黒柱」「良い親」「尊敬される夫・妻」といった社会的役割を失ったとき、自己同一性の危機が生じます。この危機が支配欲・暴力として外に向かうケースがあります。

睡眠不足・慢性的疲労 介護・育児・過重労働による慢性的な疲労は、感情の調整能力を著しく低下させ、些細なことで激昂しやすい状態を生み出します。

重大なライフイベントの重複 離婚・死別・失業・病気などが同時期に重なることで、人間の心理的適応能力の限界を超えることがあります。

「逃げ場のなさ」という罠

日本社会においては特に、家庭の問題を外部に相談することへの抵抗感・恥の文化が根強く存在します。「家族のことは家族で解決する」「人様に迷惑をかけてはいけない」という規範が、問題を家庭内に閉じ込め、蓄積させる装置として機能することがあります。

誰にも言えない苦しさが積み重なり、家庭内の関係が修復不能なほど歪み、最終的に悲劇が起きる。この構造は、個人の道徳的欠陥ではなく、社会が家庭内の苦しさに「気づく・介入する」仕組みを欠いていることの問題でもあります。

8. 海外の研究・事例から学ぶ

外国人が勉強している様子

アメリカ――Familicideの研究

アメリカでは「Familicide(家族全員の殺害後、加害者が自殺する)」という事件類型が社会問題化しています。こうした事件を分析した研究者ニール・ベノクレイティス(Neil Websdale)は、著書「Familicidal Hearts」の中で、こうした加害者を「civic-minded型(社会的体裁を重視する)」と「livid coercive型(支配的・攻撃的)」の2類型に分類しました。

前者のタイプは、社会的には「良い父親」「責任感が強い人」として見られていることが多く、経済的破綻・社会的恥辱を「家族全員を道連れにした自殺」という形で「解決」しようとする。後者はDVや支配的行動の延長として、逃げようとした家族を皆殺しにするケースです。

この研究は、「普通に見える家庭」が最も危険である可能性を示唆しています。

イギリス――Sarah Everard事件が示す「身近な存在からの危険」

2021年に発生したSarah Everard事件(現職警察官による拉致・殺害)は、「見知らぬ他人による危険」よりも「信頼していた存在からの危険」の深刻さを、社会に改めて問いかけました。この事件を契機に、英国では「コントロール・支配型暴力(Coercive Control)」の法的規制強化や、男性の暴力文化への問い直しが進んでいます。

スカンジナビア諸国――予防の最前線

スウェーデン・ノルウェー・フィンランドなど北欧諸国は、家族内暴力の予防において先進的な取り組みを行っています。

  • 男性向けの暴力防止プログラム(Batterer Intervention Programs)の義務化
  • DV被害者への充実した住居・経済的支援
  • 学校教育における「健全な関係性」の授業
  • 早期介入システム(子育て支援家庭への定期的な訪問)

こうした予防的アプローチの結果、北欧諸国はDV関連の殺人率が他の欧米諸国に比べて低い水準を維持しています。

韓国――儒教文化圏における「家長」概念と暴力

隣国韓国では、家父長的な文化的規範と、急速な近代化・経済的ストレスの組み合わせが、家族内暴力の背景として研究されています。また、韓国は日本と文化的に近い部分もあり、「恥の文化」「家族内解決の規範」が問題を隠蔽しやすい構造は共通しています。

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9. 家族内殺人を防ぐために――早期発見のサインと社会的支援

手

「悲劇の前に何かできたはずだ」という問い

家族内殺人を報じるニュースに接するたびに、「なぜ誰も気づかなかったのか」「もっと早く介入できなかったのか」という問いが生まれます。ここでは、予防の観点から重要なポイントを整理します。

早期発見のための注意サイン

以下のサインは、家族内で危機的状況が進行している可能性を示す「警告シグナル」です。地域住民・学校関係者・医療従事者・行政担当者が知っておくべき情報です。

DV・パートナー暴力に関するサイン

  • 身体的な傷(あざ・骨折)が多く、説明に一貫性がない
  • パートナーが常に同席し、本人だけで話すことができない
  • パートナーの言動について極端におびえた様子を見せる
  • 友人・家族との連絡が急に途絶える
  • 不自然に謝罪的・自己否定的な発言が増える

子ども虐待に関するサイン

  • 子どもの体に説明のつかない傷が繰り返し現れる
  • 子どもが家に帰りたがらない・帰宅時に緊張する
  • 親の前で極端に委縮する
  • 発達段階に見合わない年齢行動(赤ちゃん返り、過度な警戒心など)
  • 長期欠席・登園拒否

介護関連危機のサイン

  • 介護者が「もう限界」「消えたい」と漏らす
  • 要介護者に対して冷淡または過剰に強い態度を見せる
  • 介護者が医療・福祉サービスの利用を一切拒否する
  • 介護者自身の健康が著しく悪化している
  • 外部との接触が極端に減少している

社会的支援の活用

日本には以下の相談窓口・支援機関があります。問題を一人で抱え込まず、早めに相談することが最大の予防策です。

DV・パートナー暴力の相談

  • 配偶者暴力相談支援センター(都道府県の女性センター等)
  • DV相談ナビ(#8008):最寄りの相談窓口につながる
  • 警察(110番または各都道府県警察の相談窓口)

子ども虐待の相談

  • 児童相談所全国共通ダイヤル(189「いちはやく」)
  • 子どもの人権110番(0120-007-110)

介護に疲れた家族の相談

  • 地域包括支援センター(最寄りの市区町村に設置)
  • 家族介護者支援センター
  • 社会福祉協議会

精神的なつらさ全般の相談

  • よりそいホットライン(0120-279-338)
  • こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)

支援者・第三者ができること

家族内の危機を外から察知したとき、私たちは何ができるでしょうか。

「気にかけていること」を伝える 「最近元気がなさそうだけど、大丈夫?」という一言が、孤立した人に「誰かが見ていてくれる」という安心感を与えます。

相談窓口の情報を共有する 本人が直接相談できない場合でも、「こういう窓口があるよ」と情報を提供することができます。

専門機関につなぐ 虐待が疑われる場合、「通報するのは密告では」という抵抗感を持つ人もいますが、児童相談所への通告は一般市民にできる最も重要な支援行動の一つです。

男性の悩みにも目を向ける 支援は女性被害者に偏りがちですが、男性のDV被害者・精神的に追い詰められた男性介護者・孤立した父親も支援の対象です。「男性なのに弱音を吐くのは恥ずかしい」という観念が支援を求める障壁になっています。

親子

10. まとめ――「見えない暴力」に社会が向き合うために

家族内殺人を「例外」にしない

本記事を通じて見えてきたのは、家族内殺人が「異常な存在による例外的な出来事」ではなく、私たちの社会の構造的問題が凝縮した現象であるという現実です。

  • ジェンダー不平等が生む支配と暴力
  • 家族への過剰な負担が生む介護・育児疲れ
  • 経済的格差と貧困が生む絶望
  • 孤立と閉鎖性が生む「誰にも言えない苦しさ」
  • 精神的支援の不足が生む未治療の苦痛
  • 早期介入の失敗が生む取り返しのつかない結果

これらは一つ一つが社会全体で取り組むべき問題です。

「理解すること」は「許容すること」ではない

家族内殺人の加害者の心理を理解しようとすることは、その行為を許容することではありません。むしろ逆です。なぜ悲劇が起きるかを深く理解することでしか、次の悲劇を防ぐことはできません。

加害者を「モンスター」と断じて排除することは心理的に楽ですが、それでは何も解決しません。その「モンスター」も、ある時点では普通の人間であり、支援が届いていれば別の結末があった可能性があるからです。

社会全体で「見えない暴力」を可視化する

家族内暴力は、本来は最も安全であるはずの家庭という密室の中に潜んでいます。これを可視化し、早期に介入し、当事者が支援を求めやすい環境を整えることが、社会全体の課題です。

学校・地域・職場・医療機関・行政が連携し、「助けを求めることは弱さではなく勇気だ」「家族内の問題を外に相談することは恥ではない」という文化を育てていく必要があります。

家族内殺人というテーマに向き合うことは、私たちが「家族とは何か」「社会の絆とは何か」を問い直すことでもあります。その問いから目をそらさず、一人でも多くの命が救われる社会へ――そのための小さな一歩として、本記事がお役に立てれば幸いです。

参考・関連リソース

  • 警察庁「犯罪統計書」(各年度版)
  • 厚生労働省「配偶者からの暴力に関する調査」
  • 厚生労働省「子ども虐待による死亡事例等の検証結果」
  • Resnick, P.J. (1969). Child murder by parents: A psychiatric review. American Journal of Psychiatry.
  • Websdale, N. (2010). Familicidal Hearts: The Emotional Styles of 211 Killers. Oxford University Press.
  • UNODC (2018). Global Study on Homicide: Gender-related Killing of Women and Girls.
  • CDC (Centers for Disease Control and Prevention). Intimate Partner Violence.
  • Walker, L.E. (1979). The Battered Woman. Harper & Row.
  • Mones, P. (1991). When a Child Kills: Abused Children Who Kill Their Parents. Pocket Books.

相談窓口一覧

困りごと窓口連絡先
DV・パートナー暴力DV相談ナビ#8008
子ども虐待(通告・相談)児童相談所189(いちはやく)
子どもの人権子どもの人権110番0120-007-110
心のつらさ全般よりそいホットライン0120-279-338
介護の悩み地域包括支援センター各市区町村に設置
警察への相談警察相談専用電話#9110

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