【序章】愛くるしいパンダの裏側にある「契約」のリアル
シャンシャン、永明(エイメイ)、桜浜(オウヒン)、桃浜(トウヒン)……。
近年、日本で愛されてきたジャイアントパンダたちが次々と中国へ帰国するニュースが世間を賑わせています。空港での涙の別れを見るたびに、多くの日本人がふとした疑問を抱くのではないでしょうか。
「これだけ長く日本にいたのに、なぜ中国へ返さなければならないのか?」
「そもそも、なぜ動物園はパンダを『買い取る』ことができないのか?」
その答えを一言で言えば、現在のパンダはすべて「日中共同飼育繁殖研究」という名目のもと貸し出された「レンタル」だからです。しかし、単に「借りているから返す」という言葉だけで片付けるには、あまりにも背景は複雑で、そして深淵です。
そこには、絶滅危惧種の保護という純粋な科学的「根拠」と、国と国とのパワーバランスが絡み合う長い歴史的「経緯」が存在します。
本記事では、パンダのレンタル制度がどのようにして生まれ、現在のような高額な契約システム(保護資金)へと変貌を遂げたのか。その全貌を徹底的に解説します。あなたが次に動物園でパンダを見る時、その白黒の姿が少し違って見えるかもしれません。
おすすめ【第1章:根拠】なぜ「レンタル」なのか? ワシントン条約と所有権の壁
まず最初に、最も根本的な疑問である「なぜ買えないのか(なぜレンタルなのか)」について、法的な「根拠」から解説します。ここを理解しないと、パンダ問題の本質は見えてきません。

1-1. 全ての鍵を握る「ワシントン条約」
パンダが売買できない最大の理由は、「ワシントン条約(CITES:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)」にあります。
ジャイアントパンダは、この条約の中で最も規制が厳しい「附属書I(Appendix I)」に分類されています。
附属書Iに掲載されている動物は、以下のような厳しい制限を受けます。
- 商業目的の国際取引は原則禁止
- 学術研究目的(繁殖研究など)の場合のみ、輸出入国双方の政府許可を得て取引が可能
つまり、動物園が「客寄せパンダとして人気が出るから買いたい」と思って大金を積んだとしても、国際法上、絶対に売買契約を結ぶことはできないのです。もし金銭で売買すれば、それは国際的な密輸犯罪となります。
1-2. 「レンタル」ではなく「共同研究」
ここで一つの矛盾が生じます。「売買禁止なのに、なぜ日本はお金を払ってパンダを呼んでいるのか?」という点です。
実は、現在行われているパンダの貸し出しは、名目上「レンタル(賃貸借)」ではありません。正式には「共同研究(ブリーディングローン)」と呼ばれます。日本側が中国側に支払っているお金は、レンタル料ではなく「ジャイアントパンダ保護資金(保全協力金)」という名称です。
- 建前: 野生パンダの保護・繁殖研究のために、日中が協力する。
- 実態: 日本が資金と飼育技術を提供し、中国が個体を提供する。
この「研究目的」という枠組みを使うことで、ワシントン条約の規制をクリアし、事実上の貸し出しを実現しているのです。これが、パンダがレンタルである最大の法的根拠です。
1-3. 中国の国家戦略としての「所有権」
法的根拠に加えて、中国側の強固な方針も「レンタル」を固定化させています。中国政府にとってパンダは単なる動物ではなく、「国家一級重点保護野生動物」であり、外交上の重要なカードです。
中国は現在、国外にいる全てのパンダ(およびその間に生まれた子供)の所有権を中国が保持することを徹底しています。
「生まれた子供も中国のもの」というルールは、一見理不尽に思えるかもしれませんが、これは「所有権は移動せず、場所だけ移動している」という解釈に基づくものです。
- 親パンダの所有権=中国
- 親から生まれた子供=所有物からの果実(法的解釈)=中国
この所有権の壁がある限り、日本国内で生まれたパンダであっても、日本国籍を取得することはできず、いずれは「所有者」である中国へ返還される運命にあるのです。
おすすめ【第2章:経緯①】「贈呈」から「貸与」へ:歴史が動いた1984年の転換点
では、昔からずっとパンダはレンタルだったのでしょうか?
いいえ、違います。かつてパンダは、友好の証として「プレゼント(贈呈)」されていた時代がありました。
ここでは、贈呈からレンタルへと切り替わった歴史的「経緯」を紐解きます。

2-1. 1972年「カンカン・ランラン」はタダだった
日本のパンダ史における最大のハイライトは、1972(昭和47)年です。
田中角栄首相(当時)による日中共同声明、つまり日中国交正常化を記念して、中国から2頭のパンダ「カンカン(康康)」と「ランラン(蘭蘭)」が日本にやってきました。
この時、2頭は上野動物園にやってきましたが、これは「寄贈(ギフト)」でした。
レンタル料は発生しておらず、所有権も日本(東京都)に移転しました。つまり、完全に日本の子になったのです。この時代、中国はソ連(現ロシア)や北朝鮮、アメリカ、フランス、イギリスなどに対しても、「友好の証」としてパンダを無償で贈っていました。これがいわゆる古典的な「パンダ外交」です。
当時はワシントン条約の発効前(条約採択は1973年、発効は1975年だが、中国の加盟はもっと後)であったため、こうした「贈り物」が可能でした。しかし、この気前の良い外交は、ある時期を境にピタリと止まります。
2-2. 1981年 中国のワシントン条約加盟
風向きが変わり始めたのは、1981年に中国がワシントン条約に加盟してからです。
絶滅の危機に瀕していたパンダを保護しようという国際的な機運が高まる中、中国国内でも「パンダを外交の道具として配り歩くのは、種の保存の観点から問題ではないか」という議論、そして「貴重な資源をタダで渡すのはもったいない」という経済的な視点が生まれ始めました。
2-3. 1984年の方針転換「パンダは貸すもの」
決定的な転換点は1984年に訪れます。
中国政府は「今後、パンダを外国に贈与することはしない」と方針を転換しました。これ以降、パンダは「あげるもの」から「貸して外貨を稼ぐもの」へと役割を変えたのです。
当初、この「貸し出し」はかなり商業的な色合いが強いものでした。
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、アメリカや日本などで「短期レンタル」が流行しました。「数ヶ月だけパンダを借りて、イベント博覧会で展示する」といったショービジネスのような扱いです。
日本でも、地方の博覧会などでパンダが一時的に展示されるケースがありました。これらは高額なレンタル料を中国に支払うことで実現していましたが、パンダにとっては移動のストレスが大きく、繁殖の機会も奪われるという批判がありました。
2-4. そして現在の「長期研究貸与」へ
商業的な短期レンタルに対する国際的な批判(WWFや動物保護団体からの圧力)を受け、1990年代中頃から現在のシステム、すなわち「繁殖研究を目的とした10年単位の長期貸与」というスタイルが確立されました。
- 第1フェーズ(〜1984年): 友好のための「贈与」(所有権移転・無料)
- 第2フェーズ(1984年〜1990年代前半): 商業目的の「短期レンタル」(ショービジネス・高額)
- 第3フェーズ(1990年代後半〜現在): 保全目的の「長期研究貸与」(ブリーディングローン・保護資金名目)
私たちが現在目にしている上野動物園やアドベンチャーワールドのパンダたちは、この「第3フェーズ」の厳格なルールの上に成り立っています。
「昔はもらえたのに」と懐かしむ声もありますが、絶滅回避という地球規模の課題を前に、システムはより厳格で複雑なものへと進化せざるを得なかったのです。
【第3章:経緯②】バブル期のパンダブームと商業利用の規制
前章では「贈呈」から「貸与」への切り替わりを見ましたが、現在の厳格なルールが出来上がるまでには、日本中が熱狂し、そして国際社会から冷ややかな目を向けられた「バブル期のパンダ・レンタル騒動」という重要な経緯がありました。

3-1. 地方博覧会の目玉商品として
1980年代後半、日本はバブル景気の真っ只中でした。この時期、地方創生の一環として各地で「地方博覧会」が乱立しました。その集客の切り札として白羽の矢が立ったのがパンダです。
「短期間だけパンダを借りて、客を呼ぼう」
この安易とも言える商業的な動機で、数ヶ月単位の「短期レンタル」が流行しました。例えば、1988年の「瀬戸大橋博覧会」などが代表例です。
中国側にとっても、短期間で高額な外貨を獲得できるこのビジネスは魅力的でした。当時は、動物園としての長期的な繁殖計画よりも、イベントの興行収入が優先されていた時代だったのです。
3-2. 国際社会からの猛バッシング
しかし、こうした「パンダの出稼ぎ」のような扱いは、世界中の動物保護団体(WWFなど)やアメリカの野生生物局から激しい批判を浴びることになります。
- 頻繁な長距離移動によるパンダへのストレス
- 繁殖適齢期の個体がショービジネスに利用され、繁殖の機会を逃すこと
- レンタル料の使い道が不透明であること
これらの批判を受け、ワシントン条約事務局やアメリカの動物園協会が介入。「繁殖計画に基づかない短期貸し出しは認めない」という国際的な合意形成が進みました。
この結果、日本の「イベント展示のためのパンダレンタル」は事実上禁止となり、現在の「繁殖研究を目的とした10年単位の長期契約」へとルールが厳格化されたのです。
【第4章:契約】1億円超えは当たり前? レンタル料の仕組みと使い道
「パンダのレンタル料は高い」とよく耳にしますが、具体的にいくらで、そのお金は何の根拠に基づいて支払われているのでしょうか。ここでは契約の「お金」の部分に切り込みます。

4-1. 年間1億円の「保護資金」
一般的に、パンダのペア(オス・メス2頭)のレンタル料は、年間約100万ドル(約1億5,000万円前後 ※為替レートによる)が相場と言われています。
10年契約であれば、総額で10億円以上の支払いです。
ただし、先述の通り、これは名目上「レンタル料(賃借料)」ではありません。契約書には「ジャイアントパンダ保護研究資金(保全協力金)」と記されています。
ワシントン条約で商業取引が禁止されているため、「日本は中国のパンダ保全活動に寄付を行い、その返礼として共同研究のためにパンダを預かっている」という法的建前をとっているのです。
4-2. そのお金はどこへ消えるのか?
「中国政府が儲けているだけではないか?」という批判も根強くあります。しかし、現在の契約では、この資金の使途は厳しく規定されています。
主な使い道は以下の通りです。
- 中国国内(四川省など)のパンダ保護区の整備・拡大
- 野生パンダの密猟監視員の育成・給与
- 傷ついた野生パンダの保護・治療活動
- 野生復帰(飼育下のパンダを森に返す)プロジェクトの研究費
実際、これらの資金投入により、野生のジャイアントパンダの個体数は1980年代の約1,100頭から、現在は約1,900頭まで回復しました。2016年にIUCN(国際自然保護連合)がパンダの絶滅リスクを「絶滅危惧種」から「危急種」へ1ランク引き下げた背景には、日本を含む世界各国からの「高額なレンタル料」による貢献があることは否定できない事実です。
4-3. 死亡時の「賠償金」条項
契約には、万が一パンダが死亡した場合の条項も含まれています。
老衰や病死など不可抗力であれば問題ありませんが、飼育側のミス(過失)によって死亡させた場合、約50万ドル(数千万円)の賠償金を支払う契約が一般的です。
パンダの飼育員たちが日々、凄まじいプレッシャーの中で体調管理を行っている背景には、命の重さはもちろん、こうしたシビアな契約の存在もあるのです。
【第5章:繁殖】生まれた命は誰のもの? 繁殖研究という名目
シャンシャンや桜浜・桃浜の帰国で最も多くの人が涙した理由。それは「日本で生まれ育ったのに、なぜ返さなければならないのか」という点でしょう。これには生物学的な根拠と契約上の絶対的なルールが存在します。

5-1. 「子供は中国のもの」という絶対ルール
ブリーディングローン(繁殖貸与)契約の核心は、「所有権は親パンダの所有者に帰属する」という点です。
親パンダ(中国所有)から生まれた子供は、生まれた瞬間に中国籍となります。たとえ上野動物園の飼育員が取り上げ、日本のファンが名前をつけたとしても、法的には「中国からの借り物」が増えたに過ぎません。
5-2. なぜ「2〜4歳」で返還されるのか?
帰国のタイミングにも科学的な理由があります。
パンダは単独で生活する動物であり、1歳半〜2歳頃には親離れをします。そして、4歳〜5歳頃には「性成熟(大人になり子供を作れる体になる)」を迎えます。
ここに重要な問題があります。
日本にいるパンダは、基本的に「家族」です。親や兄弟姉妹同士で子供を作る(近親交配)ことは、遺伝的な病気のリスクを高めるため絶対に避けなければなりません。
日本国内にはパンダの数が少なく、お婿さん・お嫁さん候補がいません。
そのため、性成熟を迎える前に、世界最大のパンダ基地がある中国へ戻り、そこで数多くの候補の中から最適なパートナーを見つける必要があるのです。
ファンの感情としては「手元に置いておきたい」と思いますが、「種の保存(パンダという種を未来に残す)」という最大の目的からすれば、適齢期での帰国は最も理にかなった選択なのです。
【第6章:外交】最強の外交官「パンダ」が背負う政治的役割
パンダレンタルを語る上で避けて通れないのが「パンダ外交」という側面です。
パンダの貸し出しは、単なる動物園同士の契約を超え、国家間の友好度を測るバロメーターとしても機能してきました。

6-1. 友好のシンボルとして
歴史的に、中国は重要な外交関係を結びたい国、あるいは関係を改善したい国に対してパンダを貸し出してきました。
パンダが到着すれば、相手国ではブームが起き、中国への親近感が高まります。これは「ソフトパワー(文化的な魅力による外交)」の典型例です。
6-2. 外交カードとしての「引き上げ」
一方で、外交関係が悪化すると、パンダ契約の更新が難航したり、返還が早まったりするケースも世界的には見られます(※日本においては明確に政治利用で引き上げられた例は少ないですが、アメリカなどでは貿易摩擦の影響が指摘されることもあります)。
「パンダを貸してくれる=友好関係が安定している」
「パンダが帰る=何らかのメッセージ」
深読みしすぎかもしれませんが、国際政治のアナリストたちは、パンダの動向をそのような視点で分析することもあります。愛くるしい姿の裏には、冷徹な国際政治の計算も働いているのです。
おすすめ【第7章:国内事情】上野・和歌山・神戸…それぞれの戦略
日本でパンダに会える場所は限られていました。上野(東京)、アドベンチャーワールド(和歌山)、王子動物園(兵庫・神戸)です。それぞれの事情と実績を紹介します。
7-1. 上野動物園:国の威信をかけた「恩賜」の園
上野動物園は東京都が管轄していますが、歴史的に「日中友好」の象徴としての役割が非常に強い場所です。そのため、ここでのパンダ出産や返還は、常に全国ニュースとなります。シャンシャンの返還が社会現象になったのも、首都・東京にあり、外交の最前線にいたパンダだったからです。
7-2. アドベンチャーワールド:世界屈指の「繁殖基地」
一方で、和歌山県白浜町にある「アドベンチャーワールド」は民間企業が運営しています。
驚くべきは、その繁殖実績です。オスパンダ「永明(エイメイ)」を中心に、これまでに10頭以上の繁殖に成功。「浜家(はまけ)」と呼ばれる大家族を築き上げました。
中国以外でこれほど繁殖に成功している施設は世界でも稀です。
上野のような政治色は薄いものの、純粋な「飼育技術の高さ」と「日中飼育員の信頼関係」で、長期的なレンタルを成功させてきた実力派です。
7-3. 神戸・王子動物園:復興のシンボル
神戸の王子動物園には、阪神・淡路大震災の復興支援としてやってきた「タンタン(旦旦)」がいました。
タンタンは高齢のため帰国が延期され続け、最終的に日本でその生涯を閉じましたが、彼女は「繁殖」というミッション以上に、被災地の人々を励ますという大きな役割を果たしました。レンタルの目的は繁殖だけではないことを示した事例です。
【第8章:世界の事例】米欧におけるパンダ返還の動き
日本だけでなく、世界でも「パンダ返還」の動きが加速しています。
2023年から2024年にかけて、アメリカのワシントンD.C.やメンフィスの動物園からパンダが中国へ返還されました。
これには2つの理由があります。
- 契約期間の満了: シンプルに10年〜20年の契約が終わった。
- 経済的・政治的背景: 米中関係の悪化に加え、コロナ禍による動物園の経営難で、高額なレンタル料やエサ代(新鮮な竹の確保)を維持できなくなった。
イギリスやフィンランドの動物園でも、「維持費が高すぎる」として予定を早めて返還するケースが出ています。パンダを借りることは、今や国家レベルの財政体力と外交関係が問われる高度なプロジェクトになっているのです。

【終章】レンタル制度の是非と、これからのパンダ保全のあり方
レンタルは「悪」なのか?
「高いレンタル料を払い、生まれた子供も返さなければならない」。
このシステムだけを見ると、不平等条約のように感じるかもしれません。しかし、この仕組みがあったからこそ、絶滅の淵にあったジャイアントパンダが、地球上から消えずに済んだことも事実です。
私たちが動物園で支払う入園料や、グッズ購入費の一部は、巡り巡って中国の山奥で暮らす野生パンダの命を守ることに繋がっています。
「所有」から「共有」へ
これからの時代、パンダは「どこの国のものか」という所有権争いの枠を超え、「地球全体の財産(グローバル・コモンズ)」として、人類全体で守っていく意識が必要です。
レンタル制度は、そのための「協力の形」のひとつです。
次に動物園でパンダを見る時は、その愛らしい仕草に癒やされつつ、彼らが背負っている「種の保存」という壮大なミッションと、それを支える日中両国の長年にわたる経緯と努力に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


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